◆10代は自己愛がこじれている
結城家には63歳の〈オトーチャン〉と39歳のフィリピン人・ジェシカさん、〈彩〉と〈悠馬〉という高2の娘と中3の息子、さらに認知症の姑がいた。その複雑さや、世の中にはいろんな幸せがあることを真理奈が理解していく、少しずつの塩梅が絶妙だ。
「これは私の話ではなく、真理奈や晴じいの話なので、彼女も成長したなあ、とか、惚れた女に頭が上がらない晴じいってカワイイ、とか、登場人物それぞれがそばにいる感覚なんです。
真理奈が農家の嫁不足をお金で解決する大人を不潔に思ったり、清ばあのことを気に病む感じは私もイイ子だったから覚えがあって、10代って不況も自分の責任に思うほど内罰的で、自己愛がこじれてるんです。確かに彼女の正義も間違いではないけれど、潔癖なだけじゃ生きづらいよ、そんなにイイ子にならなくていいのにって、真理奈にはもっと視野を広げてほしかった」
農作業を手伝いながら、真理奈は最新の〈共生微生物農業〉にも通じた晴じいの意外な一面に触れたり、親の苦労を知りつつ素直になれない彩と〈重だぐない家族なんて、いるのかな〉と話したりもした。
そして〈安易な同情も軽蔑もするな〉という晴じいの言葉が少し分かり始めた矢先、〈真理奈になにかあったら、バイクで引きずり回すぞコラ〉と、母・桃子から別人かと思うような剣幕で祖父の携帯に脅しが入り、舞台は後半、晴じいと清ばあの思い出の地・相模原へ移る。
この時、限界集落寸前の山村で少しずつ溝を埋めていく祖父と母や、母と娘の、過去や未来に対する鷹揚な目線がいい。例えば晴じいは言う。〈古木は朽ちて倒れてこそ、新しい木に日光と養分を提供できる〉と。
「私は着物とか古いものも大好きですし、過去も現在も未来も全部大事にしたいんです。懐古趣味に走り過ぎても前には進めないし、過去を切り捨ててばかりでも人は間違う。過去と現在と未来が綺麗に流れていくのが、やはり一番かなって。
私が戦争の話をよく書くのも、その流れが崩れた時代だから。一方で晴じいが実践する〈不耕起栽培〉とか、最新農法にも興味があって、次代、次々代に流れを繋ぐために必要なことは誰が、いつ変えてもいいと思うし、おじいさんやお父さん世代の恋バナが若い世代の背中を押すことだってあると思うんです」
真理奈にとって祖父母や両親の過去を知ることは、未来に徒に怯えないための準備でもあり、ままならない今を丸ごと肯定する術を彼女は愛する家族から学んだ。そんな悲喜こもごもの群像劇を軽やかに綴る坂井氏自身、古い着物を今風に着こなしており、過去と現在と未来が綺麗に流れる、美しい人だった。
【プロフィール】さかい・きくこ:1977年和歌山市生まれ。同志社女子大学学芸学部日本文学科卒。会社員を経て、作家を志し上京。森村誠一氏が主宰する小説教室に参加し、2008年「虫のいどころ」で第88回オール讀物新人賞。現役SM嬢の受賞が話題となる。著書は他に「本の雑誌増刊 おすすめ文庫王国2016」エンタメ部門第1位に選ばれた『ヒーローインタビュー』や、『泣いたらアカンで通天閣』『虹猫喫茶店』『ウィメンズマラソン』『ただいまが、聞こえない』等。163cm、B型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2016年4月29日号