オバマ大統領は「ヒロシマ」を訪問し、頭を下げるのか──戦後71年間、一度もなされなかった米大統領による原爆犠牲者への“謝罪”が5月の伊勢志摩サミット最大の焦点となってきた。
5月26~27日のG7首脳会合に先立って広島で開かれた外相会合(4月10~11日)では、〈広島及び長崎の人々は、原子爆弾投下による極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難という結末を経験〉したと明記する「広島宣言」を採択。各国の政治指導者に広島訪問を呼び掛けた。平和記念資料館を参観した米国のケリー国務長官は、
「ここで見たこと、そしていつか訪問することがいかに重要かを(オバマ大統領に)確実に伝える」と表明。
「核なき世界」を掲げてノーベル平和賞を受賞したオバマ米大統領が、5月のサミットの際に広島を訪問して謝罪の言葉を述べれば、米国大統領として初めてのことになる。「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍首相の面目躍如にもなるだろう。しかし、ことはそう簡単ではない。
広島への原爆投下では約14万人が犠牲となり、それ以外にも多くの人が放射能による後遺症に苦しんだ。いかに米国が戦勝国とはいえ、史上稀に見る規模での非戦闘員の大量殺戮について、これまで一言の謝罪もないことがおかしいわけで、そこには複雑な事情がある。中岡望・東洋英和女学院大学大学院客員教授が指摘する。
「米国は原爆を日本に投下したのは『戦争終結のために必要だった』との立場を崩していない。戦争終結後、当時のトルーマン大統領は専門家の分析をもとに、『原爆投下がなければ戦争が長引いて数十万人の米兵がさらに命を落とした』と公言し、米国民の間に“他に選択肢がなかった”という理解が広く浸透した。
最近では若い世代を中心に徐々に認識が変わってきているとはいえ、世論調査の結果では国民の半数以上が今も原爆投下は正当だったと考えている。大統領や政府高官が原爆投下について日本に謝罪するのは『タブー』なのです」
戦後50年目の1995年、ワシントンのスミソニアン宇宙航空博物館が企画した広島・長崎の原爆展は退役軍人会や米議会、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズをはじめ米メディアの猛批判を受けて中止に追い込まれた。
同じ節目の年にドイツでは、数万人の市民が命を落とした連合国による無差別空爆「ドレスデン爆撃」の追悼式典が行なわれ、そこには米統合参謀本部議長らが参列して弔意を示した。ドイツに対しては「ナチスの蛮行を止めるために仕方がなかった」という言い訳を使わない米国。そこに日本人として釈然としない思いは強く残る。
※週刊ポスト2016年4月29日号