都内に住む高田実氏(65歳・仮名)は5年前から毎週末、10キロのジョギングを欠かさず、徹底した食事管理も行ない、健康には人一倍気を使ってきた。
定年後も年に1回の健康診断(以下、健診)を受け、血圧、血糖値、尿酸値、LDL(悪玉)コレステロール値など大半の項目で基準値内に収まる「健康優良高齢者」だ。そんな高田氏が右の手足にしびれを感じ始めたのは半年前のことだった。
「病院で診察してもらったところ『一過性脳虚血発作』と診断され、医師からは“脳梗塞の一歩手前でした”と告げられました。思い当たる節がなかったのでキョトンとしていると、“高血圧による動脈硬化が原因と考えられます”といわれ、言葉を失った」(高田氏)
この10年来、健診時の血圧測定では、上(収縮期)140mmHg未満、下(拡張期)90mmHg未満に収まる、正常血圧を維持していたからだ。
医師から勧められ、24時間測定できる血圧計で測ってみたところ、24時間の平均血圧は上が164mmHg、下が112mmHgという異常数値が出たのである。高田氏のように病院の診察室で血圧を測ると正常値だが、家庭や職場で測定すると異常値になるケースは「仮面高血圧」と呼ばれている。
診察室で測定すると血圧が正常値になるのは、病院(診察室)に来ると「病気が見つかる、治る」といった安心感から血圧が下がると考えられている。実はいま、この仮面高血圧の存在が大きな問題となっているのだ。
日本高血圧学会によれば、日本の高血圧者数は推定約4300万人。日本人の3人に1人の計算である。だが、うち約2000万人は「自分が高血圧」と自覚していない仮面高血圧患者の可能性が指摘されている。東京都健康長寿医療センター顧問の桑島巌氏が解説する。
「血圧は常に変動しているので、年に1~2回、健診で測っただけでは本当の血圧はわからない。不正確な健診時の血圧だけを鵜呑みにするのは危険です。仮面高血圧患者は自分が高血圧だと気付いていないため、病状を放置してしまい、その結果、大きな病気を引き起こすリスクが高まるのです」
仮面高血圧が怖いのは、放置すると、心肥大や腎障害といった臓器障害につながり、そして動脈硬化を加速させて心筋梗塞や脳卒中を引き起こすことである。
知らない間に血圧が異常上昇し、ある日、心筋梗塞などに見舞われる──。欧米で「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」と呼ばれる所以だ。
※週刊ポスト2016年5月6・13日号