濃いブルーの細身のスーツに身を包んだ佐藤浩市(55才)が、「よろしくお願いします」とスタジオに現れると、一瞬で緊張感が漂う。それは以前取材した時と同じだが、“あれ? なんか、爽やか…”。(取材・文/活動屋映子)
映画『64-ロクヨン-』で彼が演じる三上義信は、無難なスーツに、よく磨かれてはいるものの履き込んだ靴を履いた、県警の広報官。目の前の彼とはかなりギャップが…。 前・後編合わせて4時間を超えるこの作品は、未解決の少女誘拐事件をキーに、警察組織と遺族、組織と報道メディアの間で翻弄される三上を中心に描かれる、人間の心を丁寧に描いたミステリーだ。
「お久しぶりです! 前回は、夫婦の機微についてお話を伺いましたが、今回は渋い警察官役。しかも、広報官という、まったく違う顔に驚き、映画に見入ってしまいました!!」
と、思わずまくし立ててしまった私に、はにかみながらも姿勢を正し、
「ありがとうございます」
相変わらず、礼儀正しい人だ。
――横山秀夫原作の作品は、3本目の出演ですね。横山作品の魅力はどんなところですか?
「構造的な面白さですね。『クライマーズ・ハイ』にしても、この作品にしても、原作を読んで、これを映画なりテレビなり、映像化するオファーがきたら大変だろうな~と思っていたんです。というのも、警察って、日本最大の組織であり、身近な組織だけど、一般の人はあんまり知らない世界ですよね。とはいえ警察があまり身近というのも困りますけどね(と、微笑みを浮かべ)。そういう、身近であっても実はあまり知らない世界を横山さんは描いている」
――確かに、刑事ドラマにおなじみのドジな刑事もいなければ、マドンナもいない。観光名所の前で事件を振り返るシーンもなかったですね。
「はい。それにテロップもないし、説明する言葉もないですしね」
と、大きな目で真っ直ぐこちらを見つめて微笑むも、すぐ、真剣な顔に戻り、
「物語が進むうちに、刑事と警務や、報道メディアと警察の広報室。さらには、そのメディアや警察にも、それぞれ地方と中央の対立があるとか、なんとなくわかってきて、やがて全体が見えてくる。だから、物語に入り込めるんじゃないかな」
――なるほど~。警察内部の微妙な関係や記者との対立とか、すごい迫力でしたしね!
「それに、警察に限らず、巨大な組織というのはどこか滑稽なものだと思うんです。その組織の中に生きる、滑稽でばかばかしい男たちを、アイロニカルな目で見たら、とても面白いんじゃないかと思うんですけど」
アイロニカルとは、皮肉を含んでいる様のことだが、それだけに、笑える場面もないわけではなく…。
「女性が敬遠しがちな話と思われるでしょうけど、これが意外にハマるのは、働く女性じゃないかと思いますね」
――そうかもしれません、私も時間を忘れて見入っちゃいました…。
撮影■森浩司
※女性セブン2016年5月12・19日号