遺言というものはただでさえ揉め事に発展しがちなもの。そこに「認知症」というファクターが加われば、トラブルは必至だ。認知症発症後に作成された遺言書は、正式に認められるのだろうか?
【相談】
父が認知症と診断されました。厄介なのは作成していた遺言書が見つからないこと。父もどこにしまったのかまったく思い出せず、大騒ぎになっています。もし、このまま見つからなければ、新たに作成しなければいけないと思うのですが、認知症後に作られる遺言書は正式に認められるのでしょうか。
【回答】
認知症の診断を受けた後でも、遺言できる場合があります。遺言をするには遺言能力が必要ですが、遺言能力とは遺言の効果を認識する能力で、意思能力といわれるものです。誰に何を遣るということがわかっていれば、遺言能力があります。
民法には意思能力の他に行為能力といって、例えば未成年者は原則として取り引きできないとか、成年後見が開始された被後見人は単独で契約できない等の制度があります。
しかし、遺言には行為能力の規定は適用されず、さらに15歳以上の未成年者も遺言できます。遺言が一般の経済的取り引きと違って、死後に効果が生じるものであるし、遺言者の意向を尊重すべきことから、意思能力さえあれば、遺言できるとしたのです。よって認知症の診断を受けていても、意識が清明な時があれば、遺言は可能です。
ところで、民法973条では「成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない」と定めています。認知症が進み意思能力を常時欠く状態になり、成年後見手続きが開始した場合でも、一時的に回復したときには、医師2人の立ち会いで遺言できるのです。
この場合、医師は遺言者に意思能力があることの証明を遺言書に書きこんで署名押印することが必要です。認知症を理由に後から意思能力がないから無効といわれる心配があれば、この規定が参考になります。証人2人の立ち会いが必要な公証人による公正証書遺言の方式にして、主治医を証人にし、意識清明で意思能力がある旨の診断書の作成を受けるのです。
本人が入院中で外出できなくても、公証人に病院へ出張を依頼できます。私は高齢者で認知症の疑いをもたれそうな遺言者については、この方法を取っています。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年5月20日号