数多の名店を訪れ、一流料理を食してきた料理記者や昭和の文豪たち。美食を知り尽くした彼らの“最後の晩餐”とはなんだったのか?
【食生活ジャーナリスト・岸朝子さん/『鳴門千鳥本舗』ののりの佃煮】
「食は命なり」。この言葉を座右の銘として生きた岸朝子さん(享年91)。主婦から料理記者に転身、『栄養と料理』編集長を務めた。テレビの番組で言った「おいしゅうございます」がおなじみに。
自宅での最後の食事は、白いご飯、のりの佃煮、みそ汁だった。「10年前に、取材で食べたのりの佃煮を気に入り、よく食べていました」と、次女の小宮裕子さん。「料理記者になる前、父と一緒に牡蠣の養殖を営みながらのりも作っていたのですが、のりの風味に父との思い出を甦がえらせていたのかもしれません」。
■鳴門千鳥本舗
http://www.narutochidori.co.jp
【小説家・三島由紀夫 『末げん』のとり鍋】
昭和を代表する小説家・三島由紀夫。政治活動家でもあり、晩年は民兵組織『楯の会』を結成。自衛隊市ヶ谷駐屯地で、割腹自殺を遂げた(享年45)。
壮絶な死を遂げた彼が選んだ最後の晩餐は、隊員と囲むとり鍋だった。「時折静かに目を閉じ、何かを思うその姿を今でも忘れない」と女将の丸武子さん。帰り際に「またいらしてくださいね」と声をかけると、「また来いと言われてもなあ…、こんな女将がいるならあの世からでも来るか」とつぶやいた。
■末げん
東京都港区新橋2-15-7
11:30~13:30、17:30~22:30(土曜は21:00まで)
休:日曜・祝日、月1回土曜不定休
【小説家・永井荷風 『大黒家』のかつ丼】
耽美派の代表作家・永井荷風。日本最高の日記文学と名高い『断腸亭日乗』でも最後に大黒家について記した。昭和34年、79才で死去。
彼が晩年、毎日通った店がある。「13時頃に来て決まって同じ奥の席に座り、“カツレツ丼”と注文されていました」と、女将の増山孝子さん。「亡くなる前日も、残さず召し上がってくださいました。いつも眉間にしわを寄せて難しい顔でしたが、かつ丼を待つ間に新聞をお渡しした時、一度だけ笑ってくださったのを覚えています」。
■大黒家
千葉県市川市八幡3-26-5
月~金11:00~14:00、16:30~22:00、土日祝11:00~21:00
休:第1木曜
撮影■岩本朗
※女性セブン2016年5月12・19日号