【書評】『昭和にサヨウナラ』/坪内祐三・著/扶桑社/1900円+税
【評者】嵐山光三郎(作家)
サヨウナラ友ヨ。
サヨウナラ師ヨ。
サヨウナラ父ヨ。
知己を失うことは、自分のからだの一部を失うことなのだ。日常生活で知りあい、バーで語りあい、芝居で会い、編集者としてつきあい、ときにケンカし、決別して、ひょんなことで和解する。
坪内氏が親しくしていた友人知己との永訣を語りつくす。その語り口はトツトツとして読者の心をたたく。丸谷才一氏とは中村勘三郎つながりの不思議な縁。
雑誌「東京人」編集者時代、坪内氏は丸谷才一氏の担当であったが、風雪幾年月たち、銀座路地奥のバーで再会した。そのとき丸谷氏は勘三郎と一緒だった。後日、勘三郎が「オマエさ、丸谷先生の背中にアッカンベーしてただろう」という。してねぇよ、いや、してた。じつのところはベロだけ出した。
編集者中川六平さん、事業に失敗して実家を競売処分した父、古本雑誌「彷書月刊」編集長田村治芳(ナナちゃん)、怪人松山俊太郎、種村季弘、酒乱の加藤郁乎、赤瀬川原平、野坂昭如、みんな死んじゃったよ。
サヨウナラ銀座のコロッケそば、サヨウナラ昭和。この本に登場する人は、ほとんど私の友人でもある。いまどき原稿書いたり編集したりは、あんまり率のいい商売ではないけれど、こんな本を読んだら「やってみたい」と思う若い連中が出てくるでしょうね。
身ぶるいするのは車谷長吉の項である。車谷氏は直木賞を受賞してからは「反時代的毒虫」を自称して、敏腕編集者を『銭金について』でマナイタに載せて呪詛した。堤清二氏を紹介されて西武流通グループ広報室にいたころの車谷氏は、ダンディで軽妙な業界人であったが、強迫神経症が再発して、怖ろしい小説家になった。
神楽坂の寿司屋で食事をしたあと、車谷氏が坪内氏の手を握り締めてきたので、強く握りかえした。ツボちゃんがタイプだったんですよ。そういえば、車谷氏は新宿ゴールデン街で男子編集者にブチューっとキスしていたもんな。
※週刊ポスト2016年5月20日号