すべての物事や、それらの持つ意味を2文字で片付けられる“便利な魔法の言葉”──誰もが何気なく使う「アレ」は、口にすればするほど、あなたの脳の衰えを急加速させ、認知症のサインにもなるという。
棋士の羽生善治・名人(王位・王座・棋聖)との共著『「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本』(徳間書店)がベストセラーとなっている脳科学者の茂木健一郎氏は、「ちょっとしたことをスマホなどで検索などせずに、日頃から思い出すようにする。そうすることで、(脳の中で記憶を司る)前頭葉から記憶を引き出す回路を鍛えられます」と、指摘。
それ以外にも、「アレ」を単体で覚えるのではなく、固有名詞と紐付けして覚えるやり方も、「アレ」を減らす有効な方法だというが、その道の達人といえるのが、前掲書の共著者で、1996年に25歳の若さで将棋界7冠となった羽生名人だろう。
100手先まで盤面を読み、無数の棋譜を正確に記憶する羽生名人といえども、45歳の中年を迎えた今、記憶力は日に日に弱っているはずだが、現在行なわれている名人戦でも28歳の新鋭・佐藤天彦八段を相手に堂々たる戦いぶりを見せ、衰えは見えない。
どのようにして記憶力を維持しているのだろうか。著書ではその秘訣を、「法則性や連続性、継続性を知ること」と明かしている。羽生名人が話す。
「感想戦(対局後に相手と一緒に行なう反省・検討のこと)で正確に再現したり、棋譜を覚えたりできるのは、一手一手で記憶するのではなく、一連の手順や流れで理解しているからです。好きな歌のサビを口ずさめば、自然とその先の歌詞が出てくるのと同じです」
「アレ」を単体で覚えているのではなく、「アレの次はアレが来るから、その次はアレになるはずだ」「アレがあるということは、その前にはアレがなければおかしい」といった、法則性・連続性を踏まえて、ひとつひとつの「アレ」を記憶しているというのだ。その証拠に羽生名人はこうも語る。
「将棋のルールを覚えたばかりの幼稚園児同士の対局の解説をした時には、記憶するのがとても難しかったんです。私が予想する手は一手も指してくれない。自由奔放で法則性のないものを正確に50手、60手と覚えるのは苦労しました」
つまり羽生名人は「コンピュータ並みの天才的な記憶力の持ち主」なのではなく、「記憶を繋ぎ合わせる天才」なのである。
※週刊ポスト2016年5月20日号