【著者に訊け】岸本佐知子さん/『楽しい夜』/講談社/2376円
【本の内容】
取り上げられている作品は実にさまざま。共通項は岸本さんの〈出会ったときに胸にわきあがった「なんか今、ものすごく面白いものを読んでしまったぞ!」という喜びと興奮〉(「編訳者あとがき」より)。表題作は、女性3人の一夜が描かれる。お酒を飲みながら恋愛話に興じる彼女たちの楽しいおしゃべりは最後、意外な形で幕を閉じ、長い余韻を残す。「本のタイトルはいろいろ悩んだ末に、決めました」(岸本さん)。
本好きに絶大な人気の岸本さんが「面白い!」と思う、選りすぐりの短編を翻訳、紹介している。本のあとがきで、自分を、昔よく見かけた「行商のお婆さん」にたとえる。
「網にかかった、いい魚ありますけどどうですか、って。中央線で通学していたとき、自分の体ぐらいありそうなかごを背負った人とよく乗り合わせたんですが、あれに似た仕事なんじゃないかな、と思うんです」
網を打つ、漁師の役も兼ねているような気がする。
「そうですね、おっさんのほうも(笑い)。洋書は、表紙が気になると中身のことは考えずに買ってしまうんですけど、届いてすぐ読むこともあれば、5年10年、積んでおいたのを、あるときふっと目が合って、なんかこの本読まれたがってる、と感じて読んだりもします。面白い短編には目次に二重丸をつけて、自分の中のリストにためています」
そういうリストの中から、へんてこな愛のかたちばかり集めた『変愛小説集』など短編集をいくつか編んできたが、今回はじめて、テーマを決めずに作品を選んだ。
「あまりにも、私の名前と『変』とが結びつきすぎちゃった気がして。15、16才のいちばん頭の柔らかいときに筒井康隆の小説のめちゃくちゃな面白さにやられて、変じゃないと満足できない『筒井脳』になってしまったんですが、『変』だから好き、ということでもないので、今回の本は私にしてはリアリズムの小説もいろいろ入っています」
美女が体にアリを寄生させる「アリの巣」や、遺体の髪をたばこのように吸う人物が出てくる「亡骸スモーカー」など、「変愛」のくくりに入りそうな短編もあれば、奇想なしに読者の意表をつく、表題作の「楽しい夜」のような作品も。なかでも、2004年に亡くなったルシア・ベルリンの「火事」は、ぜひ紹介したかったものだという。
「ルシア・ベルリンは、敬愛する作家のリディア・デイヴィスが激賞しているので読んだら、すごく面白くて。人生に対するあきらめを感じさせるけどどこか華やかさもあり、このまま埋もれさせるにはもったいない、とリストに温存してきました」
肌合いも、声のトーンもさまざまな、10人の作家の11の短編。最初が、なぜかボブ・ディランを連れて帰郷する「ノース・オブ」で、最後に「祖母」たちの不思議な航海を描いた「安全航海」が置かれている。
「はじめはやっぱり、読み手をこの世界にぐいっと引き込むようなものを。最後は、『ありがとうございました』という気持ちで、旅立つ話を持ってくるようにしています」
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2016年6月2日号