今クールのドラマには、深夜の枠に良作がある。ユースケ・サンタマリア(45才)が主演するドラマ『火の粉』(東海テレビ制作)がそれだ。雫井脩介氏の同名小説が原作。ユースケ演じる殺人事件の元被告が回を追うごとに、不気味さを増している。このドラマに注目しているのは、テレビ解説者の木村隆志氏。木村氏がユースケの「怖い」演技について鋭く分析する。
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その印象は、もはやサスペンスというよりもホラー。回を追うごとにハラハラドキドキよりも、「ユースケさんの怖さを楽しむドラマ」という要素が増しています。
『火の粉』のストーリーは、一家殺人事件の容疑者だった武内真伍(ユースケ・サンタマリア)が、無罪判決を下した元裁判長・梶間勲(伊武雅刀)の家族に近づいて心をつかむ一方、周辺で次々に不可解な事件が起きる、というもの。
しかし今のところ、ユースケさんによる殺人などの直接的な犯罪シーンはありません。つまり、凄惨なシーンは一切なく、普通の言動だけで怖さを感じさせているのです。
たとえば、手の込んだバームクーヘンやベリージュースを作りながら「おいしくな~れ、おいしくな~れ」とつぶやくシーン。さらに、それを梶間家の孫娘に食べさせるシーンでは、「毒が入っているのでは?」と思わせる不気味さを感じました。
その他にも、スーツケースを運んでいるだけで、「その中に死体が入っているのでは?」。梶間雪見(優香)の友人で武内に好感を持つ佐々木琴音(木南晴夏)の顔にあざがあっただけで、「殴られたのでは?」。プレゼントを遠慮する家族に「お気に召しませんか?」と言うだけで、「殺されるのでは?」と思わせるなど、視聴者が悪い想像をかき立てる演技を連発しています。
中盤に入ると、梶間勲に「私が的場さんの家族を殺したことなんか小さな罪だ!」と、ついにカミングアウト。先週の7話では、自らプレゼントしたマッサージチェアに梶間家のメンバーを座らせて、拷問のような“家族教育”をするなど、内に秘めた狂気を表に出すようになりました。
バラエティー番組で見せる陽気なキャラとは正反対の役だけに驚いた人も多いと思いますが、実は“狂気を秘めた役”はユースケさんの十八番。『絶対零度~特殊犯罪潜入捜査~』(フジテレビ系)では、穏やかな表情の裏で、偽名を使い分ける黒幕。『カレ、夫、男友達』(NHK)では、銀行員として働く裏で、妻に暴力を振るう夫。『探偵の探偵』(フジテレビ系)では、人気探偵としてテレビ出演する裏で、悪事を働く男。映画『ST 赤と白の捜査ファイル』では、殺されたように見せかけた裏で、金儲けをしていた天才ハッカーを演じました。
俳優業をはじめたばかりのころは、“明るいお人好しの役”が多かったものの、近年は悪役が増えているのです。特に目立つのは、偏った価値観や屈折した愛情を持つ人物の表情。どこか遠くを見ているような目や、薄笑いを浮かべた口元など、表情作りのうまさは、フィクションとノンフィクションの間にある、絶妙な着地点を感じさせます。そのような“現実世界とリンクした怖さ”を演じられるからこそ、狂気を秘めた役のオファーが増えているのでしょう。
今回の武内真伍役も、フィクションのホラー作を思わせる怖さを与えつつ、「明らかに偏っているけど、もしかしたら私たちも紙一重では?」というノンフィクションも感じさせています。視聴者の誰もが、「好意をむげにされたときのやりきれなさや怒りに思い当たる節がある」からこそ、ユースケさんの演技に怖さを感じるのではないでしょうか。
初の連ドラ出演となった『踊る大捜査線』から10年目を迎え、9年ぶりの主演となるユースケさんは、「今の自分を100%ぶつけられるドラマ。久々に燃えています」といつになく力の入ったコメントを発信していました。その熱が飛び火したのか、酒井若菜さんがわずか2話程度の出演にも関わらず、前歯を抜いて役作りをするなど、キャスト全員の熱演がホラー要素を高めているのは間違いありません。
そのようなホラー要素の強いドラマは異例ですが、「東海テレビ制作」と聞くと何となく納得できるのではないでしょうか。東海テレビは3月31日の終了まで、52年に渡って昼ドラを放送した熱烈なファンを持つテレビ局。昼ドラ終了から、わずか2日後の4月2日に『火の粉』をスタートさせて、『牡丹と薔薇』『真珠夫人』などで見せた強烈な遺伝子を受け継がせたのです。
気軽に見られるコメディや一話完結の刑事モノが多い中、ここまで暗く不穏なムードの作品を徹底できるのは東海テレビならでは。主人公であるユースケさんの役割は、「視聴者に不安や不快感をたっぷり与えること」であり、残り2話での壮絶なクライマックスが期待されます。
「眠気が覚める」「トイレに行くのが怖くなる」「グラスを持つ手が震える」。そんなホラーがこのまま深夜ドラマに定着したら面白いな……と思っていたところ、6月から放送される第2弾は、辻村深月さん原作の『朝が来る』であることが発表されました。こちらはホラーではなく、養子縁組や不妊治療に挑む家族のシリアスなヒューマン作ですが、東海テレビの得意ジャンルであることは同じ。ホラーにしろ、ヒューマンにしろ、土曜深夜に大人が楽しめるドラマ枠が誕生したことを喜んでいる人は多い気がします。
【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。