中国建国の指導者であり、40年前に世を去った毛沢東の存在感が不可解なほど強まっている。その震源地は、中国政治の奥の院である中南海だ。ジャーナリストの野嶋剛氏がレポートする。
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今日の最高指導者・習近平は、ことのほか毛沢東に対する尊敬や模倣を口にするようになっており、大衆の毛沢東への思慕と共鳴している。
文化大革命によって中国に多大な災難をもたらした人物を再び、中国政治の祭壇に持ち上げ、自らと同一化しようとする狙いはどこにあるのか。
「小粉紅(シェオフェンホン)」と呼ばれる一群が、中国のネット社会で、不気味にうごめいている。
彼ら、彼女らは「90後」「00後」と呼ばれる10代、20代の若いネットユーザーで、とにかく共産党政府を一方的にもり立て、政府に敵対する者には立ち向かうことを、ある種の行動原理にしている。
先の台湾総統選では民進党・蔡英文のFacebookへの大量アクセスだった。民進党の「独立志向」に対して下品な罵声を浴びせ、台湾の人々を驚かせた。
中国の政府・軍の指揮下にあり、海外の要人やメディアにハッキングなどを行ってきたのは当局と関係の深い「網軍」と呼ばれるネット部隊だ。
その「網軍」のもとで、中国版ツイッター「ウェイボー」などで一ツイートごとにわずかな報酬(五毛=10円程度)のバイト代で政府への支持と問題発言への告発を担う民間のネットユーザーは「五毛(ウーマオ)党」と呼ばれる。
しかし、この小粉紅は「仕事」ではなく、ボランティアで政府、そして、習近平を持ち上げている。自然発生的に成長を続ける小粉紅を、文革で毛沢東の権力の源泉となり、中国社会を震撼させた「紅衛兵」の現代版になぞらえる向きがあるのも無理はない。
小粉紅の登場が象徴するように、習近平の毛沢東化がささやかれている。党務、外交、国防などあらゆる領域を掌握し、党内には毛沢東回帰と取られかねない旧時代的で保守的な指示を連発。
官製メディアにも躍る「習大大(シーダーダー/習おじさん)」の愛称。ネットには習近平を讃える歌や詩があふれる。毛沢東以外、鄧小平でも江沢民でもやろうとしなかった「個人崇拝」という禁断の領域に、習近平はあえて足を踏み入れようとしているのだろうか。
●のじま・つよし/1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。1992年朝日新聞社に入社。シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月よりフリーに。主な著書に『ふたつの故宮博物院』『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』など。
※SAPIO2016年6月号