格差や腐敗、中国社会の現在といった社会派テーマを得意としながら、作品は堅苦しくない。等身大の市井の人々を描く1970年生まれのジャ・ジャンクー監督の最新作『山河(さんが)ノスタルジア』の日本上映を機に来日した。中国の過去、現在、未来を照らす意欲作を通した現在の中国が抱える問題について、ジャーナリストの野嶋剛氏がジャ監督にきいた。
≪中国では、知識人や弁護士など、リベラルな主張を持つ人々が不明瞭な理由で逮捕・起訴されるケースが相次ぐ。言論の自由は、江沢民時代、胡錦濤時代に比べて、大きく後退した、というのが、現在の中国内外の共通した認識となっている。≫
──中国は反腐敗闘争で民衆の高い支持を得ていながら、一方で、言論の自由を抑圧しています。この矛盾した状況をどのように理解すればいいでしょうか。習近平指導部の対応は「謎」のようにも見えます。
ジャ・ジャンクー(以下、ジャ):私たちにとっても謎です。中国の政治家は常に社会の不安定に恐れを抱いています。ですから、中国では『穏』(安定の意味)が政治家の最も考えるべき問題であり、そのためには言論の自由は抑制する。そんな考え方が、この問題の根本にあるのかもしれません。
──日本には毎年のように訪れているそうですが、日本社会への印象は。
ジャ:日本はこの10数年で大きく変わりました。『落ち着いた』という印象があります。ある部分で、金銭的な価値の追求をどこかで諦めたと考えることもできます。この点で中国人は日本から学ばないといけません。中国人が日本人のように『落ち着いた』とならないのには理由があります。
一つは日本では公平で公正な民主制度があり、医療や住宅、保険などが整っていることです。中国では食べ物すら安心できないし、諸制度も確立されておらず、人々は常に緊張を強いられます。そして多元的な価値観がいまだにない。また、中国はお金以外に、人生には文化やライフスタイル、家族など多くの価値観を持つべきです。
しかし、中国では金銭単一信仰があまりに強い。だから人々がいつまでたっても日本のように『落ち着いた』感じにならないのです
──この作品でも主人公「タオ」はお金持ちの「ジンシェン」を結婚相手に選び、離婚するときは、お金のある夫のほうに息子の親権を委ねてしまいますね。
ジャ:彼女の選択はよく理解できるものです。この社会はそれほどロマンチックではない。タオは金のある男を選び、苦痛に満ちた人生を歩みました。私は、この作品を通して、人々のこうした価値観を変えたかったのです。金銭による束縛から、我々はもうちょっと自由になるべき時期を迎えています。