100万部を突破した『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著)、その続編でやはりベストセラーの『幸せになる勇気』(同)など、アドラー心理学本ブームが止まらない。
ものの見方を変え、自己を受容するというオーストリア出身の精神科医アルフレッド・アドラーの考えをもとにした関連本は数多く、“子育て、孫育てのノウハウもアドラーに学べ”という趣旨の書籍まである。
では、アドラー自身はどんな子育てをしたのか。『マンガでやさしくわかるアドラー心理学』シリーズの著者・岩井俊憲氏(ヒューマン・ギルド代表)がいう。
「アドラーには娘が3人、息子が1人いた。子供たちが10代だった第一次世界大戦の数年間、アドラーは軍医として従軍していたので、その間は子供とは離れていましたが、戦争が終わってからは家族で一緒に暮らすようになり、ウィーンで児童相談所の設立などに尽力するようになります。
ヨーロッパでナチズムが台頭すると、子供たちと一緒にオーストリアから米国に渡ります。米国では息子のクルトも精神科医として活躍し、アドラーの活動を助けました。そのクルトの娘・マーゴットがアドラーの唯一の孫でした」
その孫娘の経歴が興味深い。ニューヨークでラジオ局のレポーターとして活躍していた一方、自然崇拝の一種である「魔女術(ウィッカ)」に傾倒していたというのだ。
米紙ニューヨーク・タイムズは彼女の生活ぶりを本人インタビューを交えながら報じた記事で「レポーターであり魔女」と紹介している(1991年10月31日付)。
「魔女」というと怪しげに聞こえるが、欧米ではよく知られた新宗教の一種で、季節ごとに自然の恵みに感謝する儀式などを行なう。2014年にマーゴット氏が亡くなった際の訃報などでは、彼女は20代後半から魔女術に傾倒し、魔女術について複数の著作を残していたとある。
アドラー本を「孫の教育に役に立てよう」と思って読んでいた人には、結構びっくりな話?
※週刊ポスト2016年6月3日号