【書評】『算数・数学はアートだ! ワクワクする問題を子どもたちに』/ポール・ロックハート著 吉田新一郎訳/新評論/1700円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
以前、小学生と数学の問題で対決をするテレビ番組に出演した。そのとき、私は絶好調だった。出された問題を十秒足らずで解いて、得意満面だったのだが、私は小学生に敗れた。小学生は1秒足らずで、問題を解いていた。スタジオの外で小学生を出待ちした私は、どんな不正手段を使ったのか問い質した。小学生は、あっさりと、受験によく出る問題は、答えを暗記しているのだと答えた。
そこまでひどくなくても、世の中に数学嫌いの人が溢れているのは、暗記中心で型にはまった数学教育が原因なのだろうと私は思ってきた。その思いを、実に明快に、説得力ある形で示してくれたのが、本書だ。
「数学はアート」というのは、数学は堅苦しく煩雑な手順を定める学問ではなく、自由な発想と思考で、シンプルかつ美しい世界を創造していくものだという意味だ。私には、そのことが手に取るように分かる。本書には、そのことを納得させる、具体的で豊富な事例が整理されているが、それを書くと読者の興味を削いでしまうので、私が小学生時代からやっていた数字遊びを紹介する。
私は、電車の切符に書かれた四ケタの数字を加減乗除とかっこだけを使って10にするという遊びをいつもしていた。例えば数字が、3245なら、3-2+4+5=10といった具合だ。この遊びで、7317を10にできたときの興奮は、いまでも忘れない。
理屈ではなく、アートとして教えるというのは、数学だけでなく、音楽でも同じだと著者は言うが、私は事実と年号だけを覚えさせる歴史教育や性行為を教えない性教育などでも、同じだと思う。だから、本書を教育に携わるすべての人に読んでほしいと思うが、それ以外の普通の人にも本書は有益だろう。およそ学問というのは、近寄りがたい高尚なものではなく、創造性を楽しむものだということが、きっと分かるからだ。
ちなみに、蛇足かもしれないが、さきほどの問題の答えは、(7÷3+1)×3だ。もちろん、本書にはもっと質のよい事例が満載だ。
※週刊ポスト2016年6月3日号