場所は鎌倉、歴史は100年。そんな酒屋で角打ちを楽しんでいる幸せな男たちがいた。「材木座にはね、九品寺(くほんじ)やら光明寺やら創建700~800年の古刹があるんですよ。浄土宗のいいお寺さんですけど、やっぱり私らが落ち着けるのはここ『萬屋商店』。“角打ち宗鎌倉山萬寺”(かくうちしゅうかまくらさんよろずじ)って感じですね」と言って、常連客の皆が笑顔を浮かべる。
すぐ目の前は材木座海岸で、ときおり湘南の風が吹いてくる。しかし、大正12年の関東大震災直後に建て直したというこの店は、屋根は瓦葺きで、床全面は檜板張りであったりと、まことに古都鎌倉チックな佇まい。
角打ちで訪ねて来る客をいつも変わらずやさしく迎えてくれるのは、4代目主人の羽太(はぶた)一夫さん(70歳)、路子さん夫妻と、真っ黒で無口な犬の権三(ごんぞう)(9歳)。だれもが、おいちゃん、お母さん、ゴンゾーと呼び慕って通って来る。
「大正初めの創業のころから、甕(かめ)を置いて量り売り形式で飲んでもらっていたようですね。親父が昭和30年に亡くなり、当時は不本意だったんですが、自分が店を継いだのです。昭和60年代になると、なぜか店でそのまま飲むお客さんが増えてきましてね。それじゃあということで、現在のような角打ち形式にしたんです。今はもう楽しくてしょうがない。自分でもいい店だと思ってます」(一夫さん)
檜の床板の上に設えられたカウンターでご機嫌の男性一人客がいた。
「いつ頃から通ってるかは、もう忘れちゃったなあ。いつも犬の散歩の途中にここで酒を買っていたんですよ。その犬は亡くなりましたけど、不思議とこっちに足が向いて、いつのまにかこの店で飲んでたってわけです。ゴンゾーもいるし、落ち着くんですよ」(50代、IT系)