「がん患者はがんで死ぬわけではない」というのは、緩和ケアの第一人者、東口高志氏(藤田保健衛生大学医学部教授)。
「がん患者が亡くなる本当の原因が栄養不足であるという現実を治療に役立てることができれば、がん患者はもっと長生きできるはずです」(東口氏)
こうしたがん医療現場の問題点を明らかにした東口氏の著書『「がん」では死なない「がん患者」』(光文社新書)が注目されている。東口氏は、2003年に余命1か月程度と思われる患者108人を調査した。その結果、がんとは関係なく栄養不足に陥っている人が82.4%もいることが判明した。そして、その大半は感染症などで亡くなったという。同様の問題は米国の調査でも指摘されている。
がん治療で入院すれば当然、栄養管理が整っていると思うのが普通だが、なぜこんな状況が起きてしまうのか。問題は「患者さんだけでなく、栄養管理のことを知らない医師が多過ぎることです」と東口氏は指摘する。
がん治療に携わる多くの医師はいまだに、「がん細胞は栄養を与えると大きくなる」と考えている。それは、がん細胞が体内の栄養を取りこんでしまうからだ。しかし、これは間違いだという。
「がん細胞は、栄養を入れようが入れまいが、勝手に大きくなります。そのことを病院の医師さえ知らないのは、日本の医学界が栄養管理をきちんと教育してこなかったことが原因です。その誤解のせいで患者さんの知識も歪曲され、適切な補給ができずに栄養不足に陥ってしまい、感染症などでお亡くなりになる。哀しい連鎖です」(東口氏)
日本の医学界で栄養学が軽視され、正しい知識が教えられていないと指摘する医師は東口氏だけではない。1万人の患者を診てきたがん治療の専門家で、健康増進クリニック院長の水上治氏も証言する。
「私も医学部ではほとんど栄養学を教わっていません。卒業後に、自分で勉強するしかありませんでした。そうすると、栄養摂取でがん細胞がかえって成長するという考え方は正しくないことが分かった。でも大半の医師は専門外の勉強などしないので、栄養管理に関する知識が欠けている」
その背景には、経済成長で日本人の栄養摂取が満たされたことで、医学部のカリキュラムや医師国家試験で栄養が重視されなくなったことがある。今も栄養管理に関する講義は各大学の自主性に任されている。
日本静脈経腸栄養学会が2001年に医師を対象に行なったアンケート調査でも、「栄養療法について、どのように勉強しましたか?」という問いに対し、「大学の講義で習った」と答えたのは、わずか18.3%にとどまっている。
※週刊ポスト2016年6月10日号