【書評】『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』/沼野充義・著/講談社/2500円+税
【評者】川本三郎(評論家)
チェーホフは先行するトルストイやドストエフスキーのように正面から社会の現実と向き合う大長編を書かなかった。思想の格闘や煩悶を大仰に語らなかった。そのためにしばしば「無思想だ」「冷たい」と批判された。
本当にそうか。碩学のロシア文学者であり、文芸評論家でもある沼野氏はこの大著で、チェーホフの生涯と作品を丁寧に論じながら、そうすることで、チェーホフが生きた世紀末ロシアの困難な状況を浮き上がらせてゆく。
チェーホフは決して時代を直視しなかったわけではない。一見、小品に見える作品の背後には、明らかに帝政ロシアの悲惨な現実がある。沼野氏は作品に見え隠れするたそがれゆく時代を見てゆく。
チェーホフの父親は小さな食料雑貨店の店主だった。曾祖父は農奴だった。若き日、チェーホフの婚約者はユダヤ人だった。子供時代は不幸で父親から体罰を受けた。後年、自分には「子供時代なんてなかった」と語っている。
初期の短編「ワーニカ」「ねむい」は田舎から都会に奉公に出て働かされる幼い子供が描かれている。児童虐待はドストエフスキーが描いたように当時の社会問題だった。背景には貧困があった。
若い世代に帝政に対する革命運動が高まる。運動家には女性が多かったこと、しかも、良家の子女が多かったという指摘には帝政ロシア史の一端を教えられる。
チェーホフは決して大上段に政治を語ることはなかったが、作品には明らかに時代の苦しみが描かれている。沼野氏はチェーホフを語りながら、世紀末ロシアの時代状況を丹念に語ってゆく。スケールの大きい社会文化史でもある。
政治犯は逮捕されると牢獄に入れられた。社会に不適合として精神病院に入れられた。辺境へと追放される者も多い。医師でもあったチェーホフは「六号室」で精神病棟を描く。さらには当時の極北の地の果て、サハリンへ行き流刑囚に会う。決して「無思想」ではない。新しいチェーホフ像に感動する。
※週刊ポスト2016年6月10日号