がんで3人に1人が亡くなる時代。緩和ケアの第一人者で、著書『「がん」では死なない「がん患者」』(光文社新書)が注目を集めている東口高志氏(藤田保健衛生大学医学部教授)はこう指摘する。
「がん患者はがんで死ぬわけではない。がん患者が亡くなる原因の8割が栄養不足によるものです。その現実を治療に役立てることができれば、がん患者はもっと長生きできるはずです」
しかし、がん治療に携わる多くの医師はいまだに、「がん細胞は栄養を与えると大きくなる」と考えている。それは、がん細胞が体内の栄養を取りこんでしまうからだ。しかし、それは間違いだと東口氏は指摘している。
東口氏の問題提起を、がん治療の現場はどう受け止めているのだろうか。ある大学病院の消化器外科の現役医師によると、卒業後の研修では、各診療科が扱う病気の専門知識や治療の手技の習得が何より優先され、「栄養学を勉強する暇なんてなかったし、学ぼうとも思わなかった。正直、栄養管理は医療とは思っていない医師ばかりです」という。がんに詳しい長尾クリニック院長の長尾和宏氏が説明する。
「がん治療に携わる医師は、当然なんとかして手術や抗がん剤、放射線療法などの標準治療でがんを治したいと考えている。そのため、栄養管理は後回しにしてしまっている医師も多い。
また、例えば胃がんの末期患者にブドウ糖を大量に与えると、がんが大きくなる懸念がある。そうした経験からも、現場の医師のなかには、末期がん患者に十分な栄養を与えることに抵抗を感じる場合もある」
東口氏の持論に異を唱えるがん専門医は多いことだろう。だが、東口氏は繰り返しこう強調する。
「現場の医師が患者さんのがんを取ることが何より大事だと考えるのは当然です。でも、栄養不足で免疫力が低下したまま治療を行なえば、その治療の効果は無効になってしまうといっても過言ではありません。それどころか、栄養管理を軽視すれば、がんそのもので亡くなる前に患者さんを死に追いやってしまう危険性がある。私はこの事実を多くの現場の医師に知ってほしいのです」
東口氏の主張は「がんを治療する」ことと「健康な体になる」ことは全くの別物だということだ。たとえ名医とされる人でも、栄養を軽視していればその治療は「命を縮める」治療になりかねないのだ。
※週刊ポスト2016年6月10日号