北海道で行方不明になっていた男児(7)が見つかった。このニュースにネットは湧いたが、そこにあぶり出されたものはなにか。大人力コラムニスト・石原壮一郎氏が敢えて指摘する。
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近年、こんなにも日本じゅうが心をひとつにしたことがあったでしょうか。無事のニュースを聞いた瞬間、誰もが「ああ、よかった!」と胸をなでおろしました。北海道の山林で6日前から行方不明になっていた小学2年生の少年が、6月3日朝、陸上自衛隊の宿泊施設で隊員に発見されました。行方不明になった場所からは、約5km離れていたとか。健康状態にも大きな問題はないようで、本当に何よりです。
無事に保護された今だからこそ、行方不明のニュースが流れた5月28日から昨日までのあいだ、私たち「世間」が日常会話で、あるいはネット上で、どれだけ好き勝手なことを言いまくっていたかを省みてみましょう。後出しジャンケンは承知の上ですが、何事もなかったような顔をして、また次の事件が起きたら似たようなことを繰り返すのでは、寒さとひもじさに耐えてがんばった少年に申し訳が立ちません。
行方不明になった直後は、「躾のために置き去りにした」ということで、両親を激しく責める声が巻き起こりました。とにかくバッシングの対象が欲しい人たちは、詳しい状況やいきさつなんておかまいなしで、「山の中に子どもを置き去りにする」というわかりやすい落ち度があれば十分です。両親がどんなに心配でどんなに激しく後悔しているかを想像するよりも、もっぱら「自分がちゃんとした人間である」ということをアピールしたいがために、「親として失格だ!」「虐待だ!」「外国なら逮捕だ!」と声高に叫びました。
何日か捜索しても発見されないと、今度は「父親が言っていることは、これこれこういう理由でおかしい」「じつは、こういう真相があるんじゃないか」と名探偵気取りの人たちが、たくさん現われます。きっと、自分の予想がたまたま当たったときに「ほら、俺の言った通りだ」と言うための準備だったんですね。心配してるわけじゃなくて。
そういうことにも飽きると、どこかで拾ってきたアテにならない情報を元に、父親や母親への人格攻撃が始まります。舛添都知事の気持ちを勝手に想像して「世間の話題がそっちに集まって、ちょっとホッとしてるんじゃないの」と言ってドヤ顔している人もいました。かく言う私も、眉をひそめているような風で書いていますが、事態が進行している最中は、いろんなアピールや推理やゴシップを興味深く聞いたり読んだりしていたので、そういう人たちを非難する資格はありません。