衆参同日選挙を望んでいた安倍晋三・首相の解散権を封じ込めたのは菅義偉・官房長官の強い反対だった。だが、菅氏が首相にあきらめさせたのは同日選だけではない。安倍政権の一枚看板である「憲法改正」そのものなのだ。政治ジャーナリストの野上忠興氏が指摘する。
「安倍総理は悲願である憲法改正発議に必要な衆参で3分の2の勢力を得るために、半年前から同日選を念頭に置いて準備していた。負ければ衆院の現有291議席を失うリスクはあるが、参院選単独では絶対に3分の2は無理。一か八かの同日選を仕掛けて圧勝するしかなかったわけです。菅氏はそれを無謀な賭けとみて反対した。補佐役としては冷静な忠告でしょう。ただし、それは結果として総理に、“改憲をあきらめてください”と迫ったに等しい」
安倍首相の憲法改正に賭ける思いは国民の誰しも知るところだ。国会答弁で「私の在任中に成し遂げたい」(3月2日の参院予算委員会)と明言し、「自民党だけで発議に必要な衆参の3分の2を獲得することは不可能に近い。与党やほかの党の協力もいただかないと難しい」と、自公とおおさか維新など改憲支持勢力で3分の2を目指す方針を掲げてきた。
だが、菅氏の説得で衆参同日選を断念した時、安倍首相自身、憲法改正が遠のいた挫折感を味わったのではなかったか。記者会見でも、安倍首相は朝日新聞の記者から「3分の2を獲得したら任期中に憲法改正の発議を目指すのか」と問われるとこう答えた。
「そう簡単ではない。憲法改正草案で3分の2を募っているわけではない」
そして参院の3分の2にはほど遠い「自公で改選議席の過半数」(61議席)を参院選の目標に掲げた。事実上の改憲断念である。自民党幹部は首相の胸の内をこう見ている。
「最後は安倍総理が断念を決断したとはいえ、菅さんは総理との力比べに勝って解散権を封じ込めたわけです。その結果、官邸では菅さんの存在感が一層強まったし、解散反対だった公明党もますます菅さんを頼りにする。憲法改正まで断念させられた総理は菅さんに非常に複雑な思いを抱いているはずです」
解散攻防によって安倍首相と“影の総理”菅氏の力関係が逆転し、2人の関係に大きなしこりが生まれたという指摘である。
※週刊ポスト2016年6月17日号