歌舞伎役者・市川右近(52)が来年1月に「三代目市川右團次」を80年ぶりに復活させ、襲名すること、そして屋号を今までの「澤瀉屋(おもだかや)」から「高嶋屋」に変更することを発表して梨園関係者を驚かせた。事実上の独立、と関係者は口を揃える。右近は香川照之(50)が歌舞伎界入りしてから澤瀉屋に不満を抱いていたといわれ、それがついに表面化したと見られている。
市川宗家の弟子筋にあたる澤瀉屋は長年冷遇されてきた。そこを盛り立ててきたのが右近。先代・猿之助に魅了され部屋子第一号となってから約40年が経つ。右近は先代・市川猿之助(76、現・猿翁)の後継者と呼ばれてきたが、先代と血の繋がりがある香川が歌舞伎界入りしたことで状況は一変した。
香川は先代と女優・浜木綿子(80)との間に誕生したが、先代は香川が1歳の時に家を出た。以来、45年間、父子断絶の状態が続いた。だが、2004年に長男・政明くんが誕生すると香川の歌舞伎への思いは一気に熱を帯びる。息子を猿之助に、との思いで歌舞伎界入りに尽力し、2011年、香川と政明くんはそれぞれ「九代目市川中車」と「五代目市川團子」を襲名した。
もともと先代の後継者といわれていた右近が複雑な思いを抱いたことは想像に難くない。当初は香川も右近や他の澤瀉屋の人気役者を誘って食事会を開催するなど、溝を埋めようとしていたが、2011年末に香川が先代とともに事務所を設立し、代表取締役に就任して澤瀉屋の実権を握ると両者の関係は微妙なものになっていった。
弟子たちが不満を抱いている理由は、香川が演目の決定から外部の交渉まで影響力を持つようになったことや昔からのスタッフを解雇するなどしたことだけではないという。
「日本舞踊の素養がない香川は踊りの多い古典は厳しい。そのため古典を演じる力のある役者でも、香川と共演の際は、時代劇のような『新歌舞伎』の演目ばかりになるため、その力を発揮できない。しかも歌舞伎の素人とはいえ、『中車』の名跡を持つ香川を差し置いて、弟子たちが良い役を貰うことは難しいのです」(澤瀉屋関係者)
一方、トップとして一門を牽引していく立場である四代目市川猿之助も我が道を行くタイプで、弟子たちを悩ませた。
「四代目も先代に倣って『スーパー歌舞伎II』を創設したが、準主役などの良い役は、一門の歌舞伎役者からではなく、佐々木蔵之介(48)などテレビや映画で活躍する“自分好み”の俳優さんを客演として連れてくる。
チケットが争奪戦となった『スーパー歌舞伎IIワンピース』でも、猿之助に次ぐ二番手には福士誠治(32)と平岳大(41)が選ばれています」(同前)
時に外部の文化を取り入れることは四代目に限らず、十八代目中村勘三郎なども取り組んできた、現代歌舞伎には欠かせない要素だ。また、トップの立場でビジネスとして新規顧客の獲得を狙うのも当然だ。しかし、そうした革新的な取り組みは、これまで澤瀉屋を支えてきた役者からすれば活躍の場を奪うものと感じられても無理はない。