【書評】『憲法の涙──リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください2』井上達夫・著/毎日新聞出版/1350円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
「日本国憲法は、今、泣いています」という衝撃の一文から始まる怒りと告発の書である。怒りの巨弾は「劣化した保守」よりも、むしろ「似非リベラル」に向けられる。「憲法を守ると誓っているはずの護憲派によって、(憲法は)無残に裏切られているからです」
著者の井上達夫は法哲学を専攻する東大法学部教授である。「護憲」の総本山であり、総元締めは、GHQ占領下の「転向者」宮沢俊義から始まり、長谷部恭男、木村草太などへと連綿と続く東大法学部の憲法学であることは言うまでもない。その同じ本郷キャンパスから、強烈な「異論」が浴びせられているのだ。これが面白くないはずがない。
著者はまず自らの立場をはっきり表明する。「個別的自衛権の枠内、専守防衛の枠内で自衛隊と安保を維持する」。その点では、護憲派との距離は小さい。アメリカについては、反米、親米、随米のいずれでもなく、「警米」のすすめを説く。アメリカを信じすぎず、警戒を怠らず、「大人の交渉力」を身につけて、日本の国益を守る。
護憲派との別れ道はその後に来る。著者の最善策は「九条削除」である。安全保障の基本戦略を「非武装中立」に凍結してしまった元凶である九条を、まるごと削除する。「九条が平和を守ってきた」というのは嘘で、「自衛隊と日米安保のおかげ」だったことを確認する。その上で、国家の安全保障戦略を国民が決め、「濫用されないための戦力統制規範」を憲法に書き込む。無責任な好戦感情への歯止めとして、あえて「徴兵制」を導入する。良心的兵役拒否権も認める。
押しつけ憲法とは言わないにしろ、「借り物」のままの憲法に依存せず、「解釈改憲」のごまかしはやめ、フェアな政治文化をつくろうとする著者の言論は、首肯させられることが多い。
憲法の条文から論理を組み立てることをもって良しとする、エリート的、詭弁的、官僚答弁的「護憲」の破綻にトドメを刺す、痛快な本である。
※週刊ポスト2016年6月17日号