ビジネスでも政治でも外交交渉でも、正論をぶつけて正面突破を図るだけでは事態が膠着することが多い。そうした時、カギになるのは「地政学的アプローチ」と「歴史的アプローチ」だ。大前研一氏が、地政学の重要性を解説する。
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日本人は自国を取り巻く「地政学」と「歴史」をよく知らない。とくに戦中から戦後10年くらいにかけての期間は“真空状態”になっている。しかし、それを理解していなければ、外国との交渉で的確な判断を下すことはできない。
たとえば、もしドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領になったとしたら、どう交渉するか。
トランプ氏は大統領に就任すれば、アメリカが日本防衛のために支出している在日米軍駐留経費の全額負担を日本に要求し、日本が応じなければ在日米軍を撤収すると表明している。この発言に日本側では大騒ぎになっているが、慌てることはない。むしろ、日本には好機になりうるのだ。
日本の選択肢は2つ。(1)全額負担して米軍に駐留を続けてもらう、(2)在日米軍に代わる同等の防衛力を自前で持つである。このうちリーズナブルな選択は(1)だ。
アメリカの2016年度の予算教書では、人件費を含む在日米軍への支出は55億ドル(約6000億円)とされる。一方、日本政府が支払っている在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)は年間約1900億円なので、それを足しても8000億円弱だ。日本の防衛費は年間約5兆円だから、在日米軍の軍事力が1兆円程度で保持できるのであれば、安いものだと思う。
ただし、単なる負担増ではない。その代わりトランプ氏に対しては、終戦後に米軍が接収した横田基地などの返還を要求する。1都8県に及ぶ、いわゆる「横田空域」は米空軍の管制下にあり、羽田空港や成田空港を発着する民間航空機はこの空域を避けるルートで飛行している。
横田基地が返還されれば、その制限がなくなるという大きなメリットがある。もともと米軍が横田基地を置いたのは日本が二度とアメリカにはむかわないよう首都に睨みを利かせるためだから、もはや必要性はなくなっている。海軍の横須賀基地も陸軍の横浜港・瑞穂埠頭(ノース・ピア)も同様だ。
もちろん沖縄・普天間飛行場の辺野古移転は取りやめ、嘉手納基地への統合、あるいは嘉手納基地そのものの返還も要求する。
つまり、もしトランプ氏が大統領になったら、これまで終戦直後の占領状態のままアメリカに隷従していた日本が言いたいことを言えるようになる千載一遇のチャンスが訪れるわけだ。
このように地政学的・歴史的な分析を交えて有利な条件を引き出していくことが、外交では最も重要なのだ。
※SAPIO2016年7月号