差別発言を繰り返し、下品で、乱暴で、外交に疎く政策にもみるべきものはないといわれる不動産王のドナルド・トランプ氏が、共和党大統領候補としての指名獲得をほぼ確定させた。なぜ、アメリカ市民はこのような選択をしたのか? ジャーナリストの落合信彦氏が、アメリカ市民が抱える絶望と怒りについて解説する。
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2014年、アメリカで「スミス・プロジェクト」というものがあった。「スミス」とは、よくある名前、日本で言えば「佐藤さん」「鈴木さん」のようなものだ。
このプロジェクトは、「シチズン・スミス」、つまり「頭が切れて、政府をきちんとコントロールできる能力を持った誰か(スミス)」がどんな人物であるべきかを探るためのアンケートが主軸となっていた。調査は、アメリカ全土で行われた。
そのアンケート結果が衝撃的だ。まず、66%の人が「アメリカはもう崩壊している」と答えている。以下、列記しよう。
・56%が「アメリカに未来はない」
・78%が「民主党と共和党の人々に、スペシャルインタレスト(利権)がコントロールされている」
・71%が「連邦政府は機能不全どころか、崩壊しつつある」
・84%が「現在の政治家たちは特権にしがみついている」
・80%が「民主党と共和党は経済政策で失敗した」
・86%が「政府は国民とのコンセンサスをまったく考えていない」
・79%が「選挙ではレギュラーシチズンズ(普通の市民)が議員に選ばれるべきである」
・80%が「いま選挙があったら、現役の議員をすべてやめさせるべきだ」
──この結果から見えてくるのは、アメリカ市民の未来への絶望感と、政治家たちへの凄まじい怒りである。アンケート結果のリポートでは「反乱」と表現されるほどだ。
つまり、いまの大統領選挙は「コンサヴァティブかリベラルか」というイデオロギー対立ではない。「市民vsエスタブリッシュメント」がテーマであることを示している。
現在のアメリカは、政治と産業界の癒着が酷すぎる。多くの政治家たちが利権を漁り、表にできないカネをポケットに入れている。そして、市民はそれに「反乱」し始めた。だが、そこから生まれてきたのは「スミス」ではなく「トランプ」だった。
トランプは「いまの政治家たちは企業からカネを受け取って選挙を繰り広げている。私は自分の資産を使っている。企業とは癒着しない!」と言い放って、エスタブリッシュメントに怒る市民から喝采を浴びた。
腐敗政治とそれに対する市民の反乱は、トランプというトリックスターを大統領候補に押し上げてしまった。
アメリカ市民はトランプを大統領にしてしまったら、数年後には、アンケートの結果以上にますます「連邦政府が崩壊」して、「アメリカに未来はない」という絶望の淵に立たされることになるだろう。
※SAPIO2016年7月号