即位から27年が過ぎ、ともに80才を超えられてなお、国民とともにある皇室を目指される両陛下の姿勢と強い思いには微塵の揺らぎもない。それでも、肉体的な老いは必ずやってくる。
宮内庁は5月9日、両陛下のご負担軽減のため、公務の数を年10件程度減らすことを発表した。両陛下の公務減が発表されたのは2009年以来7年ぶりのことで、具体的には、国、地方の行政機関の長が全国会議で上京した際などに行われる拝謁を取りやめられるほか、小中学校の校長との面会などの一部公務は、皇太子ご夫妻に引き継がれることになった。
「宮内庁は、年齢に相応な両陛下の公務のあり方を常に模索してきました。
一方、両陛下の負担軽減は喫緊の課題とされてきましたが、それでも7年もの間大がかりな見直しが行われることがなかった。その理由の1つには、陛下が公務を減らすことになかなか納得されなかったということがあったと聞きます」(宮内庁関係者)
生涯現役を果たされようとする陛下が、それでも今回公務軽減に応じられた陰に「美智子さまのお力添えもあったのでは」と別の宮内庁関係者が明かす。
「美智子さまは、天皇としての務めに邁進される陛下をいちばん近くで支えてこられました。半面、陛下のお体を誰よりも心配してきたのも他ならぬ美智子さまです。今回、減らされた公務は主に皇居の中で執り行われるものが中心で、式典への臨席や地方の視察といった外出公務には手がつけられませんでした。
公務という言葉の定義上の数は減りましたが、『行動あっての象徴』という陛下の願いは、外出公務を通してこれからも叶うわけです。美智子さまは実質的な“公務軽減はせず”とお話しになり、それを受けて陛下も納得されたのではないでしょうか」
長野へのご訪問中、両陛下は2011年に起きた長野県北部地震で大きな被害を受けた栄村の被災者と懇談されたが、これは両陛下が強く望まれて日程に組み込まれたものだという。
「美智子さまは村の名前にひっかけて『さかえてね』とおっしゃっていました。両陛下にとっては、地元の人と触れあい喜んでもらえることが、ご自分たちの喜びにもなるのでしょう。
人々の笑顔が充実感になり、達成感になり、また次の使命感を呼び起こす。そういう循環が、公務へのモチベーションになっているように思います」(前出・別の宮内庁関係者)
長野訪問直前にも、それを物語るような一幕があった。5月31日、両陛下は東京・小金井市にある『江戸東京たてもの園』に足を運ばれた。
「園内にはたまたま遠足で訪れていた小学生がいました。美智子さまが歩み寄られ、子供たちと話し始められたときにその中の1人が、“美智子さまはなんのテレビに出てるの?”と聞いたんですよ。報道のテレビカメラもいましたし、美智子さまが女優か有名人だと思ったんでしょう。さすがの美智子さまも“なんのテレビって言われてもねぇ~”と苦笑いでしたが、周囲は微笑ましい雰囲気に包まれ、その光景を陛下も笑顔でご覧になっていました」(居合わせた人)
両陛下には定年がない。お体が動く限り、国民とともにあり続けようとされる両陛下の日々は、これからも続いていく――。
※女性セブン2016年6月23日号