参院選に突入する直前の通常国会閉幕日前日(5月31日)、自民党役員会で二階俊博・総務会長が突然、党幹部たちの意表を突く発言をした。
「参院選のためにも、党の団結のためにも重要だ」
2011年に自民を離党した野中広務・元官房長官と、2005年の郵政民営化に反対し除名された綿貫民輔・元衆院議長の復党を提案したのだ。
二階氏といえば、自民党の族議員の頂点に立ち、「業界団体からの陳情を一手に取り仕切り、業界が望む議員立法は二階さんのOKがないと審議もされない」(自民党ベテラン)といわれる力を持つ。その二階氏がなにゆえに、とうの昔に引退した2人の老政治家を復党させたいのか。2人のバックについている組織に理由があった。
野中氏は「全国土地改良事業団体連合会(全土連)」の名誉会長。農地の大規模化や用水路の整備といった農業土木事業の総元締めの団体だが、実態は、自民党長期政権を支えた「最強の集票マシン」でもある。
「農業票といえばJA組合員などの農家票と思われているが、実際に選挙で動いてくれるのは農業土木が専門の地元の中小・零細の建設会社だ。それを動かすのが全国に6000か所ある土地改良区のトップ。だから選挙になれば候補者は真っ先に挨拶に行くし、自ら土地改良区の役員になっている議員も多い。そうした全国の土地改良区を統括し、農業土建会社、農業コンサル、測量会社などの団体を事実上、傘下に置いているのが全土連です」(同前)
そのため、自民党選挙の裏を知り尽くしている小沢一郎氏は2009年の総選挙で民主党が政権を取ると真っ先に全土連つぶしに動いた。それまで年間約6000億円あった国の土地改良予算を一挙に3分の1に減らしたのだ。野中氏は政敵の小沢氏に白旗を掲げて「全土連の政治的中立」を表明し、2010年の参院選以降は自民党からの独自候補の擁立を見送り、自らも自民党を離党した。
だが、自民党が政権復帰すると、自民と全土連は再接近。安倍政権は今年1月の補正予算でTPP対策費の中で土地改良予算を一気に990億円上積みして“詫び料”を支払い、全土連は今回の参院選に9年ぶりに自民党から候補者を立てる。ただし、全土連内部にはまだ不満があると西日本の土地改良区役員が語る。
「民主党政権時代に予算を削られてわれわれが非常に苦労した時、自民党は何もできなかったが、野中さんは離党までして組織を守ってきた。野中さんを復党させて名誉回復し、民主党に減らされた土地改良予算を政権交代前の水準まで増やさなければ票は出せない」
参院選で自民党候補は地元の土地改良区からそう圧力をかけられ、踏み絵を迫られているわけである。
※週刊ポスト2016年6月24日号