ビジネスでも政治でも外交交渉でも、正論をぶつけて正面突破を図るだけでは事態が膠着することが多い。そうした時、カギになるのは「地政学的アプローチ」と「歴史的アプローチ」と指摘するのは、大前研一氏だ。
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安倍晋三首相はロシアのプーチン大統領と北方領土問題について対話を進めているが「4島一括返還」にこだわる限り、解決は不可能だ。しかし、地政学と歴史的経緯を考えれば解決できる。もともと北方領土問題は、第2次世界大戦後のアメリカとソ連のヘゲモニー争いから生まれた。
日本の頭越しに行われたトルーマンとスターリンの駆け引きの中で、北海道の分割を主張したスターリンに対し、それを避けたかったトルーマンが、妥協案として歯舞、色丹、択捉、国後の北方4島を勝手にソ連に与えたのである。
日本政府は、北方4島は敗戦が決定的となった日本にソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して侵攻・占領したものであり、本来は日本の領土だから返せと主張している。だが、現実には戦後70年間にわたってソ連、ロシアが北方4島を実効支配している。
世界中どこを見ても、領土に関する争いは、実効支配しているほうが強い。したがって、いくら日本が「北方領土は日本固有の領土」「ロシアは不法占拠」「4島一括返還」と叫んでも、それで返還されるほど甘くないのだ。
安倍首相が北方領土問題を解決したいなら、極東だけでなく、ロシア全体を地政学的・歴史的に見なければならない。そうすると、ロシアには失った領土に関していくつかトラウマがあることがわかる。
その一つがバルト3国である。エストニア、ラトビア、リトアニアはいずれもソ連から独立してEUに加盟したが、まだ3か国には大勢のロシア人が残っており、この人たちはパスポートが取得できなかったり、よい職に就けなかったりして民族的に虐げられている。
こうしたロシアが西側の縁で抱えているトラウマを理解すれば、北方領土問題解決の糸口が見えてくる。
プーチン大統領は、日本に北方領土を返したら、そこに住んでいるロシア人がバルト3国のように虐げられるのではないかと恐れている。それなら日本は、同様の悲哀を起こさない方法を提案すればよいのである。
たとえば、すでに北方領土に住み着いているロシア人に対して3つの選択肢を与えるのだ。それは(1)ロシアに帰りたい人には移住費用を日本が負担する、(2)ロシア国籍のまま住み続けたい人にはそれを認める、(3)日本国籍に変更したい人にはそれを認めるというものである。そういう提案をすれば、プーチン大統領は北方領土返還に前向きになるのではないか。
※SAPIO2016年7月号