【書評】『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』/古谷経衡著/コア新書/本体787円+税
【著者】古谷経衡(ふるや・つねひら) 1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。著述家。著書に『愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争』(PHP新書)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮新書)、『戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか』(イースト・プレス)など。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
ヒトラーは犬を偏愛していた。大戦中、総統本部を引っ越すたびに愛犬のジャーマン・シェパードも連れ、戦渦の合間にも輪くぐり、梯子登りなどの訓練を施し、ベルリンの地下壕で自決する寸前まで一緒にいた。ヒトラーはアーリア人の理想を犬に重ね合わせていた、という。実はヒトラーに限らず、独裁者には犬好きが多い。現代の権力者で言えば、大型犬を愛好するプーチンなどが典型だ。
著者は、〈犬を偏愛し、犬的な性質(忠誠、従順、服従、上意下達の縦型構造)を良しとする社会〉を〈犬性の社会〉、それに対して〈猫を偏愛し、猫的な性質(自由、放任、個人主義)を良しとする社会〉を〈猫性の社会〉と名付ける。その観点から、ヒトラーとナチスに始まり、近世以降の日本社会を分析したのが本書だ。
それによると、中世の因習や迷信から自由になりつつあった江戸時代は典型的な〈猫性の社会〉であり(歌川国芳なども好んで猫を描いている)、日中戦争、日米戦争下の戦時統制時代から、企業社会が確立し、機能していた戦後の高度成長期からバブル期までは〈犬性の社会〉だったという。
そして現在、日本では、史上初めて飼育数で猫が犬を上回りそうな勢いであり、猫関連の書籍、雑誌、グッズがヒットするなど、空前の猫ブームが起こっている。だがそれは、著者も書くように、社会に猫的な自由が実現していることの象徴ではなく、むしろ今の社会が抱える息苦しさの裏返しとしてそうしたものを渇望していることの象徴だ、と解釈するべきなのかもしれない。
〈犬性〉〈猫性〉という観点から世界史と日本史を分析するユニークな論考であり、読み応えがある。
※SAPIO2016年7月号