【書評】『刑事弁護人のための 隠語・俗語・実務用語辞典』下村忠利・著/現代人文社/1800円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
クサむ、ケツをかく、ゲソをつける、ハチ(鉢)割る……。一体、何のことでしょう? これらは特定の仲間の間で使われる「隠語」「俗語」なのです。意味は順に「贋物をつかまされる」「そそのかすこと」「暴力団組織に入ること」「全部秘密を喋る」だそうです。私の知らない言葉ばかりでした。
本書は大阪で弁護士をしている著者が「刑事弁護人として知っておくとよいと思われる用語」一三〇〇以上を選び、コンパクトで正確な解説と語源や使用例を明示しています。「被疑者・被告人と正確なコミュニケーションと信頼関係を築くために」編まれたのです。
内容は「よく使われる用語」「脅し文句系の用語」「犯罪の種類関係の用語」から「収容施設関係の用語」まで、場面ごとに十七項目。いざという時に役に立ちそうです。どの言葉にも独特の勢いが感じられるのは、もたもたしている場合ではない状況から生まれ、使われてきたからでしょうか。
大変勉強になるのは、語源の解説です。アオカンが野宿することだとは知っていましたが、青天井の下の邯鄲(コオロギ科の昆虫)が語源とは! それから、行方をくらますことを意味する、トンコする、もしくはトンズラする、は「頓」(修行を経ずに速く悟りを開く仏教用語)からきているそうです。
そして使用例が秀逸です。つつもたせ(美人局)は、男性に女性を紹介したうえで、男性を恐喝する犯罪の手口ですが、「先生、美人局って言う限り、美人でっしゃろ。ワシが使うたんはブスです。それでも美人局になりまんのんか。無罪になりまへんか」と真剣に言う者がいるとか。あきれます。
警察官や刑事の用語もくわしいです。事件が解決すると、帳場(捜査本部)で乾杯して二次会に向かい、大阪府警は「府警節」なる応援歌を歌うそうです。また、関西のマル暴刑事が好んで着るヤクザかぶれのブランド服がビビコ。使用例は「ビビコでビシッとキメやなヤクザになめられる」です。
今は亡き横山やすしの語り口で読むと雰囲気が出ます。
※週刊ポスト2016年7月8日号