窮余の金正恩王朝が命綱とする北朝鮮の外貨獲得ビジネスは、アートから肉体労働まで実に幅広い。ジャーナリストの李策氏が指摘する。
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北朝鮮の美術団体である万寿台創作社は朝鮮労働党の中枢が直轄する組織であるだけに、そのビジネスで稼ぎだされる外貨の大部分は、金正恩氏の「秘密資金」に組み込まれている可能性が高い。秘密資金は海外のプライベートバンクなどに蓄えられ、兵器開発に使われたり、正恩氏が部下たちの歓心を買うのに使われたりするという。
秘密資金の造成は1970年代に始まったとされ、主な手法は、外交特権を持つ大使館員たちによる脱法ビジネスである。
昨年5月、バングラデシュ・ダッカの北朝鮮大使館が経営するレストランが現地当局に摘発された。酒やバイアグラなどを無許可で販売していた容疑だ。
当局による捜索ではビール94本、ウィスキー10本、北朝鮮製のバイアグラ210錠が押収されたという。イスラム教徒が国民の多数を占めるバングラデシュでは、政府の許可なしに酒類の販売はできないことになっている。バングラデシュではこの2か月前にも、大量の金塊を無申告で持ち込もうとした北朝鮮の外交官が、空港で摘発されている。
摘発された一等書記官は、当初は荷物の検査を拒んだが、最終的に税関職員がバッグを開けると、金の延べ棒170本や装飾品など、実勢価格で100万ドル相当の金が見つかったという。
実は、北朝鮮は金の産出国である。金は、国ごとに税制が異なるため、関税の高い国に無申告で持ち込み、市場で売却すればかなりの利ザヤが得られるのだ。
ちなみに北朝鮮では、外貨稼ぎの実績は出世に直結する。バングラデシュは北朝鮮にとって貿易取引の上位国であり、取引が増えたのはシン・ホンチョル前大使が赴任した2008年頃のことだった。そしてそれと前後して、バングラデシュを舞台とした非合法ビジネスも増えた可能性がある。
シン氏はその後、外務次官に昇進し、シリアに出かけてアサド大統領と面会するような重要な仕事を任されている。そういえば、5月に開催された朝鮮労働党大会では、リ・スヨン前外相が党の最高幹部入りする大出世を果たした。リ前外相は、長らく秘密資金の金庫番を務めてきた人物だ。
ひょっとするとシン氏も、秘密資金作りで功績が認められ、エリート街道に乗ったのだろうか。
※SAPIO2016年7月号