【著者に訊け】東山彰良氏/『罪の終わり』/新潮社/1500円+税
その出来事の前と後とで、世界が一変するほどの事件や災害。東山彰良氏の『罪の終わり』でいう〈六・一六〉もまた、新たな救世主が待望されるには十分すぎる災厄だった。
舞台は22世紀のアメリカ大陸。2173年6月16日、〈ナイチンゲール小惑星〉落下に伴う地殻変動や気温低下で食糧事情は逼迫し、東部政府は全長900kmに及ぶ〈キャンディ線〉以東に保護を限定、それ以外の地域では〈食人〉すら常態化する極限状況に陥った。
本作では台湾に生まれ、米国人夫婦の養子となった〈ネイサン・バラード〉を話者に、彼が六・一六後の世界に君臨する〈ナサニエル・ヘイレン〉と、稀代の食人鬼〈ダニー・レヴンワース〉の行方を追った日々を振り返る。〈白聖書派教会〉から2人の処分を命じられた彼は、ナサニエルの謎に満ちた生涯を書き綴り、読者はその評伝を読むという形を取るのである。
なぜ一介の不幸な青年が〈黒騎士〉として崇められ、信仰の対象となり得たのか。神話にはそれを求める時代と、絶望が必要らしい。
実はナサニエルの名は、『ブラックライダー』(2013年)に既に登場している。六・一六から数十年、その名も「ヘイレン法」が食人を公に禁じた世界に暗躍する黒騎士の、初代の名として。
「そこでは伝説の男として登場する程度ですが、僕自身がナサニエルのことをもっと知りたくなって、実は直木賞を頂いた『流』が出る前には初稿を書き上げていました。受賞作との違いに驚く方もいると思いますが、作家は誰しも自分が読みたい物語を書いている部分があるし、フィクションとして純粋に楽しんでいただければ、それで十分です」