歌舞伎役者・中村橋之助(50)の妻・三田寛子(50)が、“梨園の妻”としての転機を迎えている。夫・橋之助が10月に大名跡である「八代目中村芝翫(しかん)」を襲名する。これによって梨園における三田の地位はより盤石になるという。
「一門の大黒柱だった勘三郎はすでに他界。『市川團十郎』に次ぐ大名跡『中村歌右衛門』の襲名が決まっていた兄・中村福助は2013年に脳内出血で倒れて以来、いまだ病床で、復帰のメドは立っていない。つまり橋之助が『芝翫』を継ぐことで、三田さんは名門『成駒屋・中村屋』一門の妻の座のトップとなる」(梨園関係者)
だが、そんな三田ですら頭が上がらないのが、“芸能人梨園妻”の頂点に立つ富司純子(70)だ。富司の夫は「成田屋」と並ぶ超名門「音羽屋」を束ねる人間国宝・尾上菊五郎(73)。そんな彼女でも謂れなき非難を受けた時代があったという。
結婚後すぐに長女・寺島しのぶ(43)を産んだが、その後跡継ぎがなかなか誕生しなかった。当時の苦悩を富司はこう明かしている。
〈結婚してすぐに妊娠したものですから。次もすぐにできると思っていたんです。でもなかなかできない。「次のお子さんはまだ?」「こんどは男の子ならよろしいのにね」という何気ない一言もプレッシャーになりました〉(『女性自身』2006年12月19日号)
やはり伝統芸能の歌舞伎においてお世継ぎを産むことこそが、梨園妻に課せられた最大の使命なのである。
富司は不妊治療の末、長男・菊之助(38)を授かったが、以後の富司の働きぶりが素晴らしいと言うのは、二代目市川猿之助の甥で、歌舞伎研究家の喜熨斗勝氏である。
「私は『梨園の妻になるには、どうすればいい?』と聞かれたら『まず純子さんに習いなさい』と言っています」
※週刊ポスト2016年7月8日号