【著者に訊け】松久淳氏/『もういっかい彼女』/小学館/1300円+税
女好き、という言葉自体が、あるいは言葉足らずに過ぎるのかもしれない。映画にもなった『天国の本屋』や『ラブコメ』等々、松久淳氏が関わった作品に「男性の目に映る彼女」が登場しなかった例はなく、最新作のタイトルはその名も『もういっかい彼女』。
主人公のフリーライター〈富谷啓太〉は、官能小説家〈佐々田順〉を取材中、彼がヒロインたちに投影してきたという〈最初で最後のミューズ〉の存在を明かされる。確かに今読めば古くて興奮しにくい昭和な官能作品の中で、唯一際立っていたのが主人公の愛らしさだった。そこが取材の要点だと見て取った富谷が正直に感想をぶつけると、66歳の老作家は表情を崩し、ある悲恋の物語を語り始めるのである。
男がいて、女がいる──。そんな自明の事実が奇蹟にも思えてくる、老いてこその純愛小説だ。
「いつも僕は自分の意図が良くも悪くも誤解されやすいんです。『ラブコメ』で言えば、大の映画好きでもある僕が、日本には『ノッティングヒルの恋人』みたいなラブコメってないなあと思って、いわば『ラブストーリーは落語である』という持論に挑んだ作品でした。つまり出会いや諍いがあって、最後は結ばれる定型を、いかに面白く語るか。ところがその変化球的試みは見事無視され、よくあるラブコメじゃんって、軽く受け流されてしまう。
逆に今回は直球ど真ん中の純愛小説を書いたつもりが、タイムスリップものの大どんでん返しミステリーとして読まれているらしい。僕の師匠、みうらじゅん氏によれば『全てのブームは誤解から生まれる』そうなので、誤解されて売れるなら大歓迎ですが(笑い)」
老作家が語る〈菜津子〉との恋のいきさつ、そして彼女の死後、彼が体験した不思議な出来事を、読者は富谷やカメラマンの〈野田奈々〉と訊くことになる。富谷は名前に昭和の名コメディアンの名を含むことから〈タニケー〉と渾名され、奈々もそう呼ぶが、彼の方は彼女に好意を抱きながら名字で呼ぶ、そんな関係だ。
出会いは佐々田が36歳で、菜津子が26歳の時。当時の担当編集者で現在は出版社重役の〈広田〉に紹介された図書館司書の菜津子を佐々田は一目で気に入り、既に妻と別居していたこともあって、その日のうちに関係を持った。
一方菜津子も不倫関係を気にする風はなく、彼の愛猫〈ニャニャコ〉をニャーちゃんと呼んで可愛がった。以来彼女が急性白血病に倒れ、33歳で亡くなるまでの7年間を、佐々田は〈私と菜津子は、いつも酒を飲み、抱き合い、バックギャモンをし、猫と戯れていたんだ〉と、臆面もなく告白するのである。
「僕も今年48になりますが、人間、歳を取れば取るほど臆面もなくなったり、人に笑われるのが怖くなくなる。もしかすると最愛の女性の少女時代を見てみたいとか、最初の男になりたいというセンチメンタルな願望も、我々オッサンだけが抱くものなんでしょうか?」