「介護現場などで、認知症や寝たきりのお年寄りのインプラントが大問題になっています」──こう話すのは、マイクロスコープ(顕微鏡)による歯科治療の第一人者である入谷治院長(Advanced Care Dental Office、東京・錦糸町)。日本大学歯学部を卒業後、東京医科歯科大学口腔外科、インプラント診療部に在籍した経歴を持つ。
入谷院長は、高齢者歯科診療に携わる中でインプラント患者の悲惨な老後を目の当たりにした。
「高齢になると、自分の歯を失い、長持ちしたインプラントの人工歯だけが残るケースがあります。歯科の専門的ケアがされていない介護施設では、歯が先にボロボロになり、インプラントも痛んできます。しかも認知症の高齢者には『食いしばり』をする傾向があるので、残ったインプラントの人工歯が、歯茎に突き刺さって、血だらけになってしまう人もいます」
老いた時、インプラントが凶器と化すリスクを患者に伝えている歯科医は少ないだろう。危険になったインプラントは、ネジのように回して抜けばいいと思うかもしれないが、チタン製のインプラントは骨と組織的に結着する。したがって、ドリルでインプラントの周囲を削らなければ、抜去できない。
まして認知症の患者の場合、手術台(歯科用チェア)にじっと座っているのは困難なことが多い。全身麻酔は心肺機能が低下した高齢者にとってはリスクが高いので、現実的ではない。
「長く機能するインプラント治療は、それが利点でもあり、欠点にもなり得ます。インプラントは自分の歯のように噛めるいい治療法ですが、歯科医も患者も安易にインプラント治療をやり過ぎです」
入谷院長は、高齢者に認知症の兆候がみられたら治療に耐えられる時期にインプラントの歯を抜去して、安全な入れ歯に切り替えることも必要だと提言する。インプラント治療に携わる歯科医は、手術前に予測可能な老後のリスクを患者に説明するべきだろう。
本来、歯科医師会やインプラント関連学会が、率先して発信すべき重大テーマなのに、残念ながらその動きは全く見えない。
●レポート/岩澤倫彦(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2016年7月15日号