「延命治療」とは、一般的に脳梗塞などの脳疾患やパーキンソン病などの神経性麻痺、老衰などにより、自分で嚥下(えんげ、食べ物を飲み込むこと)ができなくなったり、呼吸ができなくなった患者に対して行なわれる治療を指すことが多いが、『平穏死を受け入れるレッスン』(誠文堂新光社)の著者であり、特別養護老人ホーム・芦花ホームの常勤医を勤める石飛幸三氏によれば、明確な定義はないという。
「私は、人工栄養、人工呼吸器、人工透析を便宜的に三大延命治療と呼んでいます。なかでも本人が望まないのに、治療が続いてしまうことが多いのが、人工栄養と人工呼吸器です」
人工栄養は口から食事を摂ることが困難な場合に行なわれる治療で、代表的なものに、鼻にチューブを通して流動食を胃に流し込む「経鼻胃管」や、腹部にあけた穴から胃に直接栄養を送る「胃ろう」がある。2008年に民間団体が発表した推計値では、毎年新たに約20万人が胃ろうの造設手術を、60万人が胃ろうによる栄養補給を受けている。人工呼吸器には、鼻と口に呼吸器をつけるほか、気管を切開して呼吸器をつける方法もある。
これらの治療は患者の命を支え続ける一方で、苦しみも生む。たとえば経鼻胃管は猛烈な吐き気を伴うことが少なくない。厚労省が2014年に発表した「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」によれば、20歳以上の男女で延命治療としての経鼻栄養を望まないと答えた人は全体の63.4%、胃ろうを望まないと答えた人は全体の71.9%にのぼったという。
多くの人が「体の自由もなく、苦痛を感じてまで生きても幸福ではない」と感じていることを示す結果だ。
70代の夫がくも膜下出血で倒れて以降、半年間、意識のないまま人工呼吸器を付けているというAさん。夫の「生き長らえる苦しみ」を目の当たりにしている。
「人工呼吸器はとても大きくてチューブも重たいんです。だから、チューブの微妙な位置と向きがズレるだけで、意識がないはずなのに苦しんでいるように見えるんです。入院費用もかかるし、毎日誰かが見舞いに行かなきゃいけないし……夫の命には代えられないと思って延命治療を承諾しましたが、これでよかったのかな、と思うことは少なくありません」
前出・石飛氏がいう。
「当たり前のように延命治療を行なうのが医療現場の現状です。認知症が進み、ベッドで寝たきりの状態で10年以上も胃ろうを続けている患者さんも少なくない。本人の意思ならそうするべきですが、私には必ずしも延命治療が幸せな選択とは思えないのです」
※週刊ポスト2016年7月22・29日号