参院選挙の投票日を約一ヶ月後に控えた6月6日の夜、私(古谷経衡)は東京都中野区の「中野ZERO」に向かった。現代的設備を完備した区営の大公演会場である。お目当ては『九条の会 東京2016 in中野』。革新系文化人らを筆頭に、9条護憲を唱えるリベラル系市民運動の総本山が「九条の会」だ。
同会の発足は2004年、イラク戦争の翌年である。時代は小泉内閣。「テロとの戦い」を掛け声に日本政府がブッシュ・ジュニアと積極的共同歩調を取った。
共産、社民など革新・護憲勢力が選挙のたびに明確な衰微を繰り返していたこのとき、彼らの滾る(たぎる)危機感をして「草の根」の革新・護憲運動の結集として作られたのが正に「九条の会」だ。東京での大集会は全国に支部を持つ同会の運動を象徴する、その中枢でもあった。
折しも前日の6月5日には沖縄県議選が投開票され、翁長沖縄県知事を支持する社民、共産、社大(沖縄社会大衆党)らの県議会与党が、過半数を3議席上回る27議席を獲得、自民党に大勝した。社民・社大党候補は全員当選、共産も1名を除き当選する大金星であった。
沖縄で革新勢力が勝つのは珍しいことではないが、「安倍一強」が喧伝される中、「九条の会」にとってはまたとない反転攻勢の一里塚である。
約1200名を収容する大ホールは熱気に包まれ、平日夜にもかかわらずほぼ満席であった。前日、沖縄県議選の投開票と合わせて「九条の会」が主導した「安倍内閣退陣!国会前総行動」の翌日であるにも関わらず、連日出席する熱心な参加者の姿があった。
しかし、その多くは高齢者である。「国民怒りの声」を立ち上げ参院選出馬を表明した憲法学者の小林節氏が出席取りやめを告げる旨のFAXが読み上げられると、会場からは失笑の声。元来自民支持から転向した小林氏への革新中枢の反応は芳しくない。
会は荘厳なオーケストラから始まり、浜矩子(同志社大学大学院教授)、小森陽一(東大教授)ら登壇文化人が次々と「安倍退陣」の掛け声を上げるや、大喝采に包まれる。
最後には高校生らが壇上に立ち、「護憲平和」の大合唱。が、連日の疲労がたまった高齢者は流石に眠気が襲ったと見え、中座・居睡も目立った。安倍への敵愾心も寄る年波には勝てぬ、といったところか。
●文/古谷経衡
【ふるや・つねひら】1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争』『左翼も右翼もウソばかり』。近著に『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』。
※SAPIO2016年8月号