ライフ

目の前で老婦は目を瞑った 「安楽死合法国」の旅立ちの瞬間

スイスに足を運んだ英国人老婦(手前。宮下洋一氏提供)

 この国では、自分で自分の死に方や死ぬ時を選べない。だが、世界ではいま、それが認められはじめている。「安楽死」という方法だ。

「用意はできていますか」
「ええ……」

 突如、泣き崩れた老婦を落ち着かせ、ベッドで仰向けにさせると、女医は質問を始めた。

女医「あなたはなぜ、ここへやって来たのですか」

老婦「昨年、がんが見つかりました。私は、この先、検査と薬漬けの生活を望んでいないからです」

女医「検査を望まないのは、あなたがこれまで人生を精一杯謳歌してきたからですか」

老婦「ええ、私の人生は最高でした。望み通りの人生を過ごしてきたわ。思い通りに生きられなくなったら、その時が私にとっての節目だと考えてきたの」

女医「私はあなたに点滴の針を入れ、ストッパーのロールを付けました。あなたがそのロールを開くことで、何が起こるか分かっていますか」

老婦「はい、私は死ぬのです」

女医「心の用意ができたら、いつ開けても構いませんよ」

 この瞬間、老婦は何を思い浮かべたのだろうか。わずかな呼吸と共に、自らの手でロールを開き、そっと目を閉じた。

 これは世界各国の安楽死の現場を取材しているジャーナリストの宮下洋一氏が、目の前で目撃したその瞬間である(『SAPIO』4月号参照)。

 子供がおらず、夫には10年前にがんで先立たれ、自身の体にもがんがみつかったこの英国人老婦(81)は、老人ホームへの入所を拒否し、スイスの自殺幇助団体の門を叩いた。このやり取りは、ベッドに横たわる老婦と、血管に致死薬を流し込む準備をした女医との間で交わされた臨終間際の会話である。

 点滴の注入が始まると、20秒ほどで意識を失い、眠るように死へ誘われる。一部始終を見届けた宮下氏はこう語る。

「病室で管をたくさんつながれて眠っている人ではなく、さっきまで元気そうに話していた人が、次の瞬間には亡くなっているということに強い衝撃を覚え、彼女をこのまま死なせてしまっていいのか、止めるべきじゃないのかという藤がわき起こりました」

 本人の意思である以上、誰にも止められないというのが、スイスでの考え方だ。

 スイスでは1942年から自殺幇助を法的に認めている。外国人にも認められる唯一の国で、英国人老婦がスイスに足を運んだのはそのためだ。医療倫理学や死生学が専門の東京大学大学院人文社会系研究科の会田薫子特任准教授は、スイスへの安楽死ツアーの現状をこう語る。

「チューリッヒ大学の研究者の『自殺ツーリズム』という報告によると、2008~2012年までの5年間で、31か国から611人がスイスを訪れ、自殺を幇助されたとされています」

※週刊ポスト2016年7月22・29日号

関連記事

トピックス

山口組分裂抗争が終結に向けて大きく動いた。写真は「山口組新報」最新号に掲載された司忍組長
「うっすら笑みを浮かべる司忍組長」山口組分裂抗争“終結宣言”の前に…六代目山口組が機関紙「創立110周年」をお祝いで大幅リニューアル「歴代組長をカラー写真に」「金ピカ装丁」の“狙い”
NEWSポストセブン
「衆参W(ダブル)選挙」後の政局を予測(石破茂・首相/時事通信フォト)
【政界再編シミュレーション】今夏衆参ダブル選挙なら「自公参院過半数割れ、衆院は190~200議席」 石破首相は退陣で、自民は「連立相手を選ぶための総裁選」へ
週刊ポスト
Tarou「中学校行かない宣言」に関する親の思いとは(本人Xより)
《小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」》両親が明かす“子育ての方針”「配信やゲームで得られる失敗経験が重要」稼いだお金は「個人会社で運営」
NEWSポストセブン
中居正広氏と報告書に記載のあったホテルの「間取り」
中居正広氏と「タレントU」が女性アナらと4人で過ごした“38万円スイートルーム”は「男女2人きりになりやすいチョイス」
NEWSポストセブン
『月曜から夜ふかし』不適切編集の余波も(マツコ・デラックス/時事通信フォト)
『月曜から夜ふかし』不適切編集の余波、バカリズム脚本ドラマ『ホットスポット』配信&DVDへの影響はあるのか 日本テレビは「様々なご意見を頂戴しています」と回答
週刊ポスト
大谷翔平が新型バットを握る日はあるのか(Getty Images)
「MLBを破壊する」新型“魚雷バット”で最も恩恵を受けるのは中距離バッター 大谷翔平は“超長尺バット”で独自路線を貫くかどうかの分かれ道
週刊ポスト
もし石破政権が「衆参W(ダブル)選挙」に打って出たら…(時事通信フォト)
永田町で囁かれる7月の「衆参ダブル選挙」 参院選詳細シミュレーションでは自公惨敗で参院過半数割れの可能性、国民民主大躍進で与野党逆転へ
週刊ポスト
約6年ぶりに開催された宮中晩餐会に参加された愛子さま(時事通信)
《ティアラ着用せず》愛子さま、初めての宮中晩餐会を海外一部メディアが「物足りない初舞台」と指摘した理由
NEWSポストセブン
「フォートナイト」世界大会出場を目指すYouTuber・Tarou(本人Xより)
小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」に批判の声も…筑駒→東大出身の父親が考える「息子の将来設計」
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《妊娠中の真美子さんがスイートルーム室内で観戦》大谷翔平、特別な日に「奇跡のサヨナラHR」で感情爆発 妻のために用意していた「特別契約」の内容
NEWSポストセブン
沖縄・旭琉會の挨拶を受けた司忍組長
《雨に濡れた司忍組長》極秘外交に臨む六代目山口組 沖縄・旭琉會との会談で見せていた笑顔 分裂抗争は“風雲急を告げる”事態に
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 中居トラブル被害女性がフジに悲痛告白ほか
「週刊ポスト」本日発売! 中居トラブル被害女性がフジに悲痛告白ほか
NEWSポストセブン