参院選は与党の圧勝で終わったが、日本という国が抱えている難問は山積している。東大病院で長年、「人の生死」と対峙してきた矢作直樹・東京大学名誉教授は、国が抱える新たな課題として、ひとり暮らしへのケアが急務だという。
「国勢調査では、ひとり暮らしは1679万世帯で、夫婦と子どもからなる世帯の1444万世帯をすでに上回っています。2035年には、1846万世帯にまで拡大し、その多くが高齢者と予想されています。世帯構成が大きく変わっているのに、それに考慮した与党の政策は乏しい。さまざまな政策が『ひとり』を前提に、練り直す時期にきていると思います」(矢作氏。以下「」内同)
高齢化率のみならず、未婚率も年々上昇しており、ひとり暮らし世帯の割合は予想以上に増えそうだ。近年、独居老人にまつわる様々な問題も顕在化しているが、矢作氏はそうした問題とは別に、老若男女を問わず、「ひとり」という状況を楽しむ気構えが必要だと説く。
「まず改めたいのは、ひとりは危険、寂しい、つらいなどというネガティブなイメージ。現実では、高齢者の方も自由、気ままに満喫しています。伴侶に先立たれた方が、息子との同居ではなく、独居を望むという声もよく聞きます。ひとりのほうが、家族との同居より満足度が高いという統計データもあります」
矢作氏は新著『ひとりを怖れない』において、ひとりの状況を楽しむための心の持ち方や、ひとりを楽しむことで得られる「特権」について紹介している。東大病院で、多くの看取りの現場にも立ち会った経験がある同氏は、肝心なのは、あらゆる執着を断つことではないか、という。
「ひとりだろうと、家族に看取られようと、死に方に上下はありません。年齢や余命への執着は大きなストレスとなり、いい結果をもたらしません。
同様に、今、仕事や人間関係で悩んでいる人は、自分が何かに執着していないか見つめ直してみてはいかがでしょうか。そして、ひとりの時間を意識的に持ってみてください。すると、次第に自分の周りの空気が変わり、自分が人生の主人公であることに気づき、楽な気持ちになると思います」
◆矢作直樹(やはぎ・なおき):1956年、神奈川県生まれ。東京大学名誉教授。金沢大学医学部卒業。2001年から、東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長となり、約15年間、東大病院の総合救急診療体制の確立に尽力する。著書に30万部突破の『おかげさまで生きる』(幻冬舎)ほか、『人は死なない』(バジリコ)、『悩まない』(ダイヤモンド社)、『天皇』(扶桑社)など。