漫画や小説の原作をドラマ化するのが最近のドラマでは主流となっているが、原作なしのオリジナル脚本で勝負するドラマもある。中でも、アラ還の大御所が脚本を手掛ける作品に注目が集まっている。テレビ局側が、彼らを起用する狙いと意外なリスクについて、テレビ解説者の木村隆志さんが解説する。
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夏ドラマで最も注目しているのは、大御所脚本家の手がける作品。特に、『家売るオンナ』(日本テレビ系)の大石静さん(64歳)、『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)の遊川和彦さん(60歳)、『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ系)の井上由美子さん(55歳)の3人は、連ドラ業界では最高齢クラスの”アラ還”(アラウンド還暦)でありながら、最も多くの作品を手がけるバリバリのトップ脚本家です。
注目すべきは、このアラ還の大御所3人がそろい踏みしただけでなく、これまで以上のこだわりを詰め込んだ意欲作であること。大石さんが「不条理で気むずかしく、恐ろしいけど、強くてデキるオトナを主人公にしたいと、ずっと思っていました。今回、遂にそれに挑戦します」と力強くコメントしたように、そろって女性が主人公のオリジナル作品を手がけています。
それぞれ選んだテーマが、大石さんは「家の売買」、遊川さんが「特別養子縁組」、井上さんが「仕事と家庭の両立と産後復帰」と三者三様であり、興味深いのはいずれも季節性やトレンドに関係ないところ。つまり、現在の連ドラ業界でヒットしやすい、「勧善懲悪」「スカッと事件解決」「ライトコメディ」などがテーマではないのですが、だからこそ約20~30年のキャリアで磨いた腕の見せどころとも言えます。
また、テレビ局にとってアラ還の大御所の3人は、「先生」や「恩人」というべき重要な存在。それだけに、テーマや人物設定などの自由を与えることが多く、脚本家発信で「今、これをやらせてほしい」と思い切った作品に挑むことができます。
しかし、先述したように、現在の連ドラ業界でヒットしやすいテーマではないため、視聴率の面でリスクがあるのも事実。実際3人の手がけた作品でも、遊川さんの『家政婦のミタ』(日本テレビ系)以降は大ヒットがなく、「視聴率2桁いけば御の字」なのですが、扱うテーマの特殊性や希少性から考えると、十分な実績と言えます。
このような背景があるため、テレビ局は「大御所の作品は、大崩れしない安定感がある反面、大ヒットはしにくい」という多少のジレンマを抱えているのです。
そして見逃せないのは、大御所の脚本家が「表現の制約が少なく、視聴率に一喜一憂しなくてもいいNHK BSプレミアムやWOWOWのドラマを選ぶ傾向が生まれつつある」こと。ちなみに、同じ現役バリバリのアラ還脚本家・岡田惠和さん(57歳)は、近年の半数以上を両局で手がけています。
それだけに大御所3人が、内容に一定の制限があり、クオリティーとは関係のない視聴率でさわがれる民放地上波のゴールデン・プライムタイムに挑む姿勢は爽快。「外出が多いため不利」と言われる夏の時期であり、さらに今年はリオ五輪もありますが、これらの逆風をものともしないところに、気合と自信のほどがうかがえます。
このところ、リアルタイム視聴の見込める中高年齢層をメインターゲットにしている民放各局にとって、アラ還脚本家の存在は頼もしく、今後もしばらくは年1~3本のペースで活躍し続けるでしょう。
ただ、アラ還脚本家が頼もしく感じるのは、20~40代の脚本家が頼りないことの裏返し。ここ1~2年、民放各局がようやく「若手脚本家を育てよう」という姿勢を見せているものの、プロデューサーたちは口をそろえるように「若手の層が薄く、物足りない」と話している現実があります。
この夏、アラ還脚本家たちが元気なのは、若手への叱咤激励の意味もあるのかもしれません。ともあれ、暑い夏に負けない熱さむき出しの大御所脚本家3人が、どんな物語をつむぐのか楽しみです。
【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。