「生前退位」の意向を示していると報じられた天皇陛下。国民に大きな驚きを与えたこの報道だが、皇太子さまが陛下の代理を務められるご名代や摂政といった方策ではなく、なぜ生前退位をお選びになったのか。ベテラン皇室記者は語る。
「その理由は、陛下のご体験に拠る面もあるのではないでしょうか。両陛下は皇太子同妃時代の1981年、イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式に昭和天皇のご名代として出席されました。天皇皇后なら最前列でも、ご名代ということで4列目くらいの席に案内されたことがありました。また、接見や地方公務の折、ご名代となるとやはり人々の気持ちも少し変わるものです」
だが、そのご意向は大きな問題もはらんでいた。憲法で規定されているとおり、天皇は象徴であり、国政に関する権能を有していない。また、皇室典範では天皇の退位については規定されておらず、天皇は崩御するまで「終身天皇」とされている。つまり、もし陛下のご意向によって法律が改正され生前退位が行われるようなことがあれば「政治関与」ともいわれかねない。
「宮内庁のほか、首相官邸も陛下の退位の意思をうすうす感じ取っていました。ですが実際に実現できるかといえば、その可能性は低いという認識だったのです」(官邸記者)
大きく潮目が変わったのは、宮内庁が公務削減を提案し、陛下が皇太子さまと秋篠宮さま、そして美智子さまにご決断を伝えられたこと。そこで陛下のお考えが強固であることが知れることになった。
「宮内庁としては、陛下の口から直接退位について言及されることだけは避けたかった。そこでNHKに陛下が退位の意思をお持ちであることを報じさせ広く世に知らしめると同時に、宮内庁は否定して政治関与がないよう手はずを整えたといわれています。NHK報道ならば一定の信憑性があります。国民の意識も“これまで身を賭して務めを果たされてきたのだから、ゆっくりされたほうが…”という方向に傾きやすい。結果、世論に後押しされる形で皇室典範の改正の議論が進むのではないかと踏んだのだと思います」(前出・官邸記者)
昨年、安倍政権下で安保法制が成立し、憲法改正論議がにわかに持ち上がっている。自民党の憲法改正草案では、天皇は《(日本国民の)元首》という文言が加えられている。
「陛下が『平成皇室』において何より重要視されてきたのは、国民の象徴としての戦後の天皇の歩みです。憲法を遵守し、戦前のように天皇に権力が集中するようなことがあってはならないとお考えになられてきた。
明治にできた帝国憲法と皇室典範で生前退位が認められなくなった背景には、他国に例のない万世一系の天皇制という権威を、より神秘的なものにしようとする意図もありました。そうした安倍政権下の時代の空気や、皇室典範の在り方を、陛下がどのようにお考えになられているのか、今回の生前退位のご意向が象徴しているように思えてなりません」(前出・皇室ジャーナリスト)
陛下が異例の生前退位のご意向を示された意味を、主権者たる私たちは深く考える必要がある。
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年8月4日号