国内

なぜか涙溢れる長岡花火「白菊」に込めた美しくも哀しい逸話

長岡大花火大会で夜空に手向けられる鎮魂の花火「白菊」

「花火なのに、なぜだか涙が出る」――長岡大花火を観た人は必ずといっていいほど、そう口にする。毎年8月2~3日に開催される新潟の「長岡まつり大花火大会」は、秋田の大曲、茨城の土浦と並ぶ日本三大花火大会のひとつとして有名だが、他の花火大会と違うのはこの中で唯一、競技ではない花火大会で、「慰霊と復興」の願いが込められているということ。

 そして毎年、前夜祭として8月1日午後10時半には、慰霊のための花火が打ち上げられる。白一色の正尺玉花火で、その玉名を「白菊」という。この花火は、1945年8月1日同時刻に始まった長岡大空襲で命を落とした、1484人もの戦災殉難者に手向ける鎮魂、慰霊の花火なのだ。

 花火大会のスタートとして打ち上げられ、長岡の広大な夜空に「ドーーーン」と、間をおきながらゆったりと大きく花開き、切なく寂しげに散る。

 その「白菊」は、伝説の花火師・嘉瀬誠次氏(94才)が生んだ傑作の一つである。終戦後にシベリアに抑留された経験を持つ嘉瀬氏が、捕虜として労働を強いられ、シベリアの地で亡くなった約5万5千人の戦友たちに捧げる供花として作った花火だ。

 なぜ、長岡花火は人々の涙を誘うのか――。そこに心惹かれたノンフィクションライターの山崎まゆみさんは、長岡花火の礎を築いてきた嘉瀬氏の生涯を追う。山崎さんが2014年に上梓した『白菊 –shiragiku– 伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』(小学館)には、この花火が持つ哀しい逸話が綴られている。

 この本を元に製作されたドキュメンタリー『長岡花火のキセキ~白菊とフェニックス~』は、2015年の『JNNネットワーク協議会』大賞を受賞。今年6月18日に全国放送されると、「涙なくしては見られない」と感動を呼んだ。

 また、2万発の花火が打ち上げられ、100万人を魅了する長岡花火で「白菊」ともうひとつ、大きな目玉となっているのが不死鳥を象った「フェニックス」だ。漆黒の夜空が圧倒的なスケールで黄金色に染まる美しい光景。なのに、涙が溢れる。この花火が初めて上がったのは、甚大な被害をもたらした中越地震の翌年の2005年。元気を失っていた長岡の街と市民に大きな感動と希望を与え、以来、復興祈願花火として毎年進化し続け、多くの人に感動を与えている。

 全てはひとりの花火師から始まった。14才で花火師の道へ進み、「観る人を驚かせたい」と遊び心に溢れた斬新な花火を次々と生み出し、長岡の名を世界にまで知らしめた。今でこそ、長岡花火は花火製造業者6社で打ち上げているが、50年以上にわたって一社だけで打ち上げてきたのが、嘉瀬氏だった。

 戦後70年にあたった昨年8月15日は、ハワイ・真珠湾で「長岡花火」が打ち上げられ、その象徴として「白菊」が夜空に手向けられたニュースは記憶に新しい。

 嘉瀬氏は今年3月、「『長岡の花火師』は毎年、100万人を魅了、世界も感動させた」として、第50回吉川英治文化賞を受賞している。

 80才で引退した後、現在は観客として花火大会を見守り続けている。

 瞬間的な鮮やかさだけではなく、いかに人の心に残るか。嘉瀬氏が心がけたのは、競い合い、いくつもの花火を重ねて激しく華々しく上げる昨今の花火とは違う、“間に粋を感じる”花火だった。かつて、画家の山下清も魅了され描いた「長岡の花火」。現代、人々がどこかに置いてきてしまった日本の心。それを花火に垣間見て、人は涙するのかもしれない。

撮影■飯田裕子

関連キーワード

関連記事

トピックス

氷川きよしが紅白に出場するのは24回目(産経新聞社)
「胸中の先生と常に一緒なのです」氷川きよしが初めて告白した“幼少期のいじめ体験”と“池田大作氏一周忌への思い”
女性セブン
公益通報されていた世耕弘成・前党参院幹事長(時事通信フォト)
【スクープ】世耕弘成氏、自らが理事長を務める近畿大学で公益通報されていた 教職員組合が「大学を自身の政治活動に利用、私物化している」と告発
週刊ポスト
阪神西宮駅前の演説もすさまじい人だかりだった(11月4日)
「立花さんのYouTubeでテレビのウソがわかった」「メディアは一切信用しない」兵庫県知事選、斎藤元彦氏の応援団に“1か月密着取材” 見えてきた勝利の背景
週刊ポスト
多くのドラマや映画で活躍する俳優の菅田将暉
菅田将暉の七光りやコネではない!「けんと」「新樹」弟2人が快進撃を見せる必然
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
「週刊ポスト」本日発売! 小沢一郎が吠えた「最後の政権交代を実現する」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 小沢一郎が吠えた「最後の政権交代を実現する」ほか
NEWSポストセブン