3兆円あったら何を買うか? そう訊かれて即答できる人は滅多にいないが、孫正義・ソフトバンク社長に言わせれば「10年前から狙っていた品物」だった。
7月18日、ソフトバンクグループは英半導体設計大手ARMの買収を発表。その金額は約240億ポンド(約3.3兆円)で、日本企業の海外企業買収としては最高額となる大取引だった。市場では「大きすぎる買い物」「負債が膨張する」と不安視する見方が広がり、ソフトバンク株は19日に約600円も値を下げた。
とはいえ、4月以降の円高局面に加え、国民投票によるEU離脱決定でポンドが大幅下落したタイミングでの買収は“超お買い得”だった。国民投票前のレート(1ポンド=158円)から大きく値を下げた時点(同140円)での買収は、単純計算で約4300億円も安く買えたことになる。
孫社長は「(ポンド下落局面は)偶然だ。ポンドは15%下がっているが、ARMの株価は15%上がっているから差し引きゼロ」と毎日新聞のインタビューで語っているが、それでも“良い買い時だった”と感じていることは間違いないだろう。
それにしても携帯電話事業など通信サービスを“本業”とするソフトバンクが、巨額を投じて半導体という「現物」を買うのはなぜか。
そのヒントは、18日にロンドンで行なわれた記者会見で孫社長が語った「5年、10年後の成長余力と将来価値を考えれば安い買い物だ」という言葉にある。IT産業分野を専門とする経済紙記者が解説する。
「ARMは全世界のスマートフォンに半導体を供給し、世界最高額の時価総額を誇るアップルでさえもその供給に頼っている現状がある。“アップル超え”を経営者としての悲願に掲げる孫さんの視点に立てば、“ARMを制すれば世界のIT産業を制する”と考えているのではないか」
「5年、10年」という数字も意味深だ。6月のソフトバンク株主総会で決定したニケシュ・アローラ副社長への“禅譲撤回”の際、孫社長は「あと5年、10年続けたくなった」と述べている。だとすればARM買収の“果実”を刈り取ることこそ、経営者・孫正義の最後の大勝負なのだろう。
「孫氏にしか見えない未来」に対して市場には不安と期待が渦巻いている。5年、10年後に迎える《経営者引退》の時、孫氏が満面の笑みを浮かべられるかは、この「3兆円の買い物」の成否に懸かっている。
※週刊ポスト2016年8月5日号