NHKスペシャル『私は家族を殺した“介護殺人”当事者たちの告白』(7月3日放送)が話題となっている。介護の辛さに追い込まれて、殺人を犯すしかなかったという加害者たちの悲痛な告白に、共感したという視聴者も少なくなかったという。番組では、要介護の老親と一家心中を図るも、47歳娘は生き残り、殺人と自殺幇助罪に問われた「利根川心中事件」などが紹介された。介護は、想像以上に大変なものなのだ。
両親を介護した経験を持つノンフィクション作家の久田恵さん(68才)は、「介護1年目がいちばん大変だった」と振り返る。
久田さんは39才の時に同居する64才の母が脳血栓で倒れ、右半身マヒで車椅子生活になった。姉と兄は地方に住んでいるため、末娘の久田さんと同居する70才の父が母を介護することになった。
「母は重い失語症も患い、言葉がしゃべれなくなりました。私は専門書を読みあさって必死に勉強して、父と一緒に母のリハビリをサポートしました。当時は介護保険制度もなくケアマネジャーもおらず、病院に相談してもたらい回しにされました。何をどうすればいいかわからない状態でした」(久田さん)
仕事との兼ね合いも大きな問題だった。当時、久田さんはライター仲間とともに編集プロダクションを立ち上げ、毎日1時間以上かけて実家から職場に通っていた。
「早朝に家を出て深夜に帰宅していましたが、母が倒れてその生活スタイルを維持できなくなり、やむなくプロダクションを解散しました。当時は夫と別れてシングルマザーとして小学生の息子を育てている最中で、介護と子育ての“ダブルケア”に加えてPTAの役員や地域の当番まで回ってきました。生活は本当に忙しく、“この先の私の人生はどうなるんだろう”という不安でいっぱいでした」(久田さん)
厚生労働省の就業構造基本調査によると、2012年9月までの1年間に介護のため離職した人は全国で約10万1000人。明治安田生活福祉研究所の調査によると、転職者と介護離職者ともに半数以上の人が介護開始から1年以内に離職していた。介護開始から短期間で介護殺人にいたるケースと同様、仕事の面でも介護初期に人生の一大転機を迎えることがわかる。
しかし、介護・暮らしジャーナリストでNPO法人『パオッコ』理事長の太田差惠子さんは「介護のために仕事を辞めるべきではない」と言う。
「親が施設入居を拒否したり、経済的に問題があったりすると、“家で親をひとりにさせられない”と思い詰めてパッと仕事を辞めてしまう人がいますが、介護一色の生活では心身ともにストレスが増します。また、仕事と介護を両立するために転職した女性は年収が半減するというデータもある。仕事を辞めて親の年金を頼って介護を続けても親はいつか死にます。親が死んだら、当たり前ですが年金はゼロ。生活できなくなります」
※女性セブン2016年8月11日号