ライフ

【書評】評者うけを狙う小説家に対する山田詠美の痛快な一撃

【書評】『珠玉の短編』/山田詠美著/講談社/1500円+税

【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 インスピレーションというものは、こちらが掴むものではなく掴まれるものだ、と言ったのは、どこの国の作家だったろう。「川端康成賞」受賞作「生鮮てるてる坊主」を含む『珠玉の短編』は、人がなにかによって―多くは言葉によって―否応なく掴まれていく姿がさまざまに描かれている。

 作者はそうすることで、小説にはびこる「はらはら」とし「きらきら」とした常套句やクリシェを解体し嘲笑うのである――という、このいかにも評論っぽい決まり文句こそ、ぶん殴られる対象となるだろう。そういう本です。

 表題作の主人公は、「文豪のやらなかった汚れ仕事」を引き受けんとする「夏耳漱子」だ。今時のぬるいお悩み小説を粉砕すべく、「凄惨極まりない殺人場面や露骨な性描写」をこれでもかと畳み掛ける作風を貫いているのに、ある時、新作に「珠玉の短編」というコピーを付けられて激怒。ところが、「珠玉」という語が頭に寄生して作家を乗っとってしまい、「あなたが捨て置いた一輪の花の赤に……」みたいな文章が溢れだす。

 さて、しかし本編の本物のスリルは、これ見よがしの「行間名文」への揶揄に非ず。むしろ、過激でグロテスクな文言と表現を連ねればとりあえず文学的とみなされる、評者うけすると織り込み済みの、世界に散在する確信犯的な小説家たちに対する痛快な一撃である。

「命の洗濯、屋」という編は、まさに「命の洗濯」や「老舗」という言葉に掴まれた一家が繰り広げる体当たりの商いを、そして「箱入り娘」という編は、この言葉にとりこまれ「箱入り娘」を具体化していく女性が描かれている。

「生鮮てるてる坊主」の男女は、性を超越した「男と女の友情」というコンセプトにねちっこく憑かれてしまった。男には妻がいるゆえに一層ふたりの関係は尊いと信じているが、ある日を境にこの香しい友情は芬々たる悪臭を放ちだす……。ラストにかけてうち重なるツイスト。何百ページのスプラッタや残酷描写より恐ろしい。あえて言います。珠玉の短編集。

※週刊ポスト2016年8月5日号

関連記事

トピックス

紅白初出場のNumber_i
Number_iが紅白出場「去年は見る側だったので」記者会見で見せた笑顔 “経験者”として現場を盛り上げる
女性セブン
ストリップ界において老舗
【天満ストリップ摘発】「踊り子のことを大事にしてくれた」劇場で踊っていたストリッパーが語る評判 常連客は「大阪万博前のイジメじゃないか」
NEWSポストセブン
大村崑氏
九州場所を連日観戦の93歳・大村崑さん「溜席のSNS注目度」「女性客の多さ」に驚きを告白 盛り上がる館内の“若貴ブーム”の頃との違いを分析
NEWSポストセブン
弔問を終え、三笠宮邸をあとにされる美智子さま(2024年11月)
《上皇さまと約束の地へ》美智子さま、寝たきり危機から奇跡の再起 胸中にあるのは38年前に成し遂げられなかった「韓国訪問」へのお気持ちか
女性セブン
佐々木朗希のメジャー挑戦を球界OBはどう見るか(時事通信フォト)
《これでいいのか?》佐々木朗希のメジャー挑戦「モヤモヤが残る」「いないほうがチームにプラス」「腰掛けの見本」…球界OBたちの手厳しい本音
週刊ポスト
野外で下着や胸を露出させる動画を投稿している女性(Xより)
《おっpいを出しちゃう女子大生現る》女性インフルエンサーの相次ぐ下着などの露出投稿、意外と難しい“公然わいせつ”の落とし穴
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
結婚を発表した高畑充希 と岡田将生
岡田将生&高畑充希の“猛烈スピード婚”の裏側 松坂桃李&戸田恵梨香を見て結婚願望が強くなった岡田「相手は仕事を理解してくれる同業者がいい」
女性セブン
電撃退団が大きな話題を呼んだ畠山氏。再びSNSで大きな話題に(時事通信社)
《大量の本人グッズをメルカリ出品疑惑》ヤクルト電撃退団の畠山和洋氏に「真相」を直撃「出てますよね、僕じゃないです」なかには中村悠平や内川聖一のサイン入りバットも…
NEWSポストセブン
注目集まる愛子さま着用のブローチ(時事通信フォト)
《愛子さま着用のブローチが完売》ミキモトのジュエリーに宿る「上皇后さまから受け継いだ伝統」
週刊ポスト
連日大盛況の九州場所。土俵周りで花を添える観客にも注目が(写真・JMPA)
九州場所「溜席の着物美人」とともに15日間皆勤の「ワンピース女性」 本人が明かす力士の浴衣地で洋服をつくる理由「同じものは一場所で二度着ることはない」
NEWSポストセブン
イギリス人女性はめげずにキャンペーンを続けている(SNSより)
《100人以上の大学生と寝た》「タダで行為できます」過激投稿のイギリス人女性(25)、今度はフィジーに入国するも強制送還へ 同国・副首相が声明を出す事態に発展
NEWSポストセブン