がん治療において、世界が注目する新薬がある。これまでの免疫療法の“常識”が、免疫細胞の攻撃力を高めてがんを撃退することだったのに対し、逆転の発想で開発されたのが、“夢の新薬”と呼ばれる「免疫チェックポイント阻害薬」である。
医療ジャーナリストの藤野邦夫さんが解説する。
「近年の研究で、がん細胞の表面には免疫細胞の攻撃にブレーキをかけるたんぱく質が備わっていることがわかりました。このたんぱく質の働きにより、免疫細胞の“がん攻撃”が弱められていたのです。逆にいえば、このブレーキさえ働かなくしてしまえば、免疫細胞の働きを活性化できます。免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞のブレーキ役であるたんぱく質の働きを無効にすることで免疫細胞のがんに対する攻撃をサポートするのです」
昨年4月、世界最先端のがん治療研究が発表される「米国がん研究会議」で米ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、この薬の効果を発表し、世界中を驚かせた。
従来の医学では手の施しようのないタイプのがん患者21人に免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、4分の1以上の患者に効果があり、うち2人のがん細胞が縮小し、2人は検査でがんが検出されない寛解に至ったのだ。
実はこの分野、日本が世界の先頭を走っている。前出の「たんぱく質」を世界で初めて発見したのは京都大学客員教授の本庶佑氏で、彼の主導の下、免疫チェックポイント阻害薬の実用化が進められ、「ニボルマブ」(商品名・オプジーボ)が2014年7月に承認された。
「なかでも劇的な効果を上げているのが、皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)の治療です。悪性度の高いがんですが、余命半年と思われた患者にオプジーボを投与して2年近く元気に生きているケースもあります」(藤野さん)
さらにメラノーマの末期患者にオプジーボを投与すると、43%でがん細胞の増大が止まり、患者全体のおよそ1割でがんが消えるか縮小したという研究結果もある。
欧米では、メラノーマだけでなく、卵巣がんや前立腺がん、膵臓がん、大腸がんなどでも治療効果の研究が進んでいる。期待されるのは、日本で最も死亡者数が多い肺がんの治療だ。オプジーボは点滴投与のため、手術の難しい肺がんでも有効な治療法になる。
実際、米国の肺がん研究では抗がん剤が効かない患者、または他の臓器から転移した末期の肺がん患者の死亡リスクを既存の抗がん剤より4割も減らしたとされる。また、全身に転移し余命数か月と診断された患者の腫瘍が小さくなったり、進行する大腸がんの腫瘍が60%も小さくなったという報告もある。
ネックになるのは金額だ。保険対象になっているのは皮膚がんと一部の肺がんのみで、高額療養費制度を使っても年間150万円ほどかかる。それ以外のがんで使用すると、薬価は年間3000万円以上にのぼる。
※女性セブン2016年8月11日号