【書評】『「決め方」の経済学 「みんなの意見のまとめ方」を科学する』/坂井豊貴著/ダイヤモンド社/1600円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
会議でなかなか結論が出ないときに、議長役が「では挙手による多数決で決めよう」とツルの一声を発する。こういう会社は、「経営者が独断で決めるよりずっと民主的だ」と高く評価されるだろう。しかし、多数決は本当に“良い決め方”なのだろうか。だとしたら、なぜイギリスのEU離脱の国民投票の後、410万人もが「やり直してほしい」と請願することになったのだろう……。
本書では、この「多数決という決め方」のメリット、デメリットが徹底的に検証される。そして、ほかの決め方についても紹介されている。具体的にはぜひ実際に本書で読んでほしいのだが、多数決が正しく機能するためにはいくつかの条件がある。
「多数決で決める対象に皆の共通の目標がある」「有権者の判断はある程度以上の確率で正しい」「有権者は自分で決められる」といったことだ。そして多数決は、EU離脱のように過半数ラインが明暗をくっきりと分ける。だから、著書は多数決について「正しく使うのは、必ずしも容易ではない」「どうでもよいことを決めるのには実に適している」とまで言うのである。
では、それにかわる方法とは何か。たとえば「マルかバツか」の二択ではなくて、「1位、2位、3位」を尋ねてそれを点数化して集計するボルダルール、2度のチャンスがある「決選投票つき多数決」などが紹介されている。
手続きはやや煩雑になるが、著者は「『決め方』は決定的に重要である。それしだいで結果はまるで変わる」。7月の参院選もとくに一人区では「与党か、野党統一候補か」を多数決で決める選挙だったといえるが、それはあまりに単純すぎる決め方だったのではないか。
とはいえ、いきなり公選法や国民投票法を変えることはできない。著者はまず「マスメディアの世論調査のやり方」を工夫することを提案している。これはビジネスの場にいる人にもあてはまるだろう。管理職や組織のリーダー、マスコミ関係者にはすぐに読んでもらいたい一冊だ。
※週刊ポスト2016年8月12日号