私たちの口の中は、様々なリスクに満ちていることをご存じだろうか? 口腔内には虫歯や歯周病の原因菌など、350種類以上の常在菌が存在し、「日和見感染菌(※注)」などが命を脅すこともある。
【※注/普段は害をなさないが、加齢によって免疫力が低下すると発症する感染菌の総称で、肺炎桿菌、黄色ブドウ球菌などがあり、命を落とす可能性もある】
日本赤十字社では、歯科治療によってそうした常在菌が血液に移行する可能性があるとして、治療後3日間は、献血しないよう呼びかけているほどだ。
そして、歯科治療で最大の課題となっているのが、感染症患者への対応である。
B型やC型肝炎、HIV(エイズウイルス)などは血液を介して感染するため、出血が起きやすい歯科治療での感染リスクが指摘されてきた。C型肝炎ウイルスに汚染された器具による感染事例は、大学病院、歯科口腔外科において報告されている(『歯科診療におけるC型肝炎の感染リスク低減に関する研究』、2002年、古屋英毅)。
特に抜歯は出血量が多く、一般的な外科手術と同等の感染リスクがある。
歯科医が治療で使用する器具は種類が多い。基本セットのミラー、ピンセット、唾液等を吸い出すバキュームチップ。歯を削るハンドピース、その先端に装着するチップ(またはバー)、根管治療に使うリーマー、切開用メスなど。
歯科衛生士は歯石除去用のキュレット、超音波スケーラーを主に使う。そうした患者の口腔内に触れる器具は感染リスクがあるので、患者ごとに交換するのが当然である。しかし、現場では驚くべき対応をしていた──。
「私が働いているクリニックではハンドピースをアルコール綿で拭いて、次の患者に使用しています。血液がべったりついたり、肝炎の患者さんに使用した時はその都度交換しますが、ハンドピースを沢山揃えていないので、患者さんごとに交換するのは無理です」
証言したのは、これまで5軒のクリニックで勤務経験を持つ歯科助手の女性(30代)だ。
「患者ごとに交換していたのは1軒だけでした。グローブを患者ごとに交換しない歯科医も2人いました」