昨今の歯科治療の世界で最大の課題となっているのが、感染症患者への対応である。B型やC型肝炎、HIV(エイズウイルス)などは血液を介して感染するため、出血が起きやすい歯科治療での感染リスクが指摘されているのだ。
アメリカCDC(疾病予防管理センター)は1996年、感染症の有無にかかわらず、全ての患者に予防策を講じる「スタンダードプリコーション」の概念を提唱。すぐに世界標準となった。
日本の医療機関の大半がスタンダードプリコーションを導入したが、歯科分野には浸透していない。
エイズ拠点病院の都立駒込病院で感染症患者の治療にあたってきた、根岸昌功医師(ねぎし内科診療所)は、次のように指摘する。
「HIV、B型肝炎の患者でも、ウイルスを効果的に抑制することは可能になりました。つまり患者はウイルスを抱えながら、普通の市民として生きる時代です。歯科医院は、感染の有無によって差別的な対応をすべきではありませんし、スタンダードプリコーションを早急に徹底すべきです」
そうしたなかで、2年前に公表された厚労省研究班の調査結果に、歯科業界が大きく揺れた。
“歯科医院の約7割が、ハンドピース(歯を削る器械)を患者ごとに交換せず、使い回している”
ずさんな歯科業界の感染対策に危機感を抱いた歯学博士の研究者が、実態を初めて世に知らしめたのだ。
「ある県の歯科医師会に協力してもらった調査で、一番注目したのは、“患者ごとにハンドピースを交換しますか”という設問でした。唾液がしみ込んだり、歯周病の患者さんだと出血しますので、患者ごとに交換してオートクレーブ滅菌が必要です」(調査を行なった厚労省研究班にいた研究者)
この調査結果の反響は大きく、全国の歯科医からハンドピースやオートクレーブの注文が急増したという。
「2年後、同じ県を対象に再調査したところ、ハンドピースを患者ごとに交換している歯科医院が3割から5割に増えていました。歯科医の意識が確実に高まった結果です」(同前)