「生前退位の意向」が電撃的に報じられてから約1か月。いよいよ天皇自らが語る局面を迎えた。だが、「生前退位」は国民統合の象徴としての天皇の在り方や皇室典範の改正、あるいは女系天皇・女性宮家議論への発展は避けられず、天皇の政治関与という問題も浮上しかねない複雑さを孕む。天皇会見の前夜まで、水面下では宮内庁、官邸、そしてメディアを巻き込む駆け引き、探り合いが繰り広げられた。
最大の懸念となったのは「生前退位」という言葉の有無だった。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏がいう。
「天皇陛下が『生前退位』を明言されると、実現のための法律改正が伴うことになり、憲法第4条の〈(天皇は)国政に関する権能を有しない〉という規定に抵触する恐れがある。天皇が国政に影響力を行使したと取られないように、宮内庁は慎重にならざるを得ない。
ですから今回は『象徴』はどうあるべきかという陛下のお考えと、ご自身の体調に関することに留まるのではないでしょうか」
異例の「天皇会見」に至る発端が「生前退位の意向」であったにもかかわらず、そのキーワードを使えないというのだから複雑だ。
官邸もまた「生前退位」の文言に警戒感を抱いていたようだ。
「皇室典範改正が避けられない生前退位が国民的議論になれば、“(安倍政権が目指す)改憲より皇室典範改正が先だ”という世論が強まるのは必至だ。陛下が自らのお言葉で言及されることになれば、そうした世論に与える影響は計り知れないと官邸サイドは考えているようだ」(政治記者)
官邸側が警戒したのにはこんな伏線がある。
7月13日の「生前退位の意向」報道は、杉田官房副長官が翁長雄志・沖縄県知事との会談などのために沖縄入りしていたタイミングだった。それを官邸側は「不意を突かれた」(前出・官邸関係者)と受け止めた。
「昨夏の『70年談話』のトラウマもある。安倍談話は『私は』という主語を使わず、『反省』や『お詫び』という言葉を盛り込む内容だったのに対し、その後に発表された陛下の『戦後70年のお言葉』には『深い反省』という言葉が盛り込まれた。
その結果、海外メディアから『安倍首相は直接的には何も謝罪せず、代わりに天皇が“謝罪”した』と受け止められるなど、安倍首相にマイナスイメージをもたらす展開となった。そうした経緯があったから官邸は神経質になっていた」(同前)
「政治的関与」を懸念する宮内庁、政権への影響を懸念する官邸──それぞれの“配慮”から、お言葉は決まっていったのである。
撮影■雑誌協会代表取材
※週刊ポスト2016年8月19・26日号