7月31日、優勝回数31回を誇り、国民栄誉賞も受賞した九重親方(元横綱・千代の富士)が、膵臓がんで亡くなった。61歳だった。親方の異変が傍目にも感じられたのは、名古屋場所4日目(7月13日)のことだった。
「九重親方は無気力相撲の有無をチェックする監察委員を務めていましたが、その日は監察室に入ると、椅子にどっかりと座り込んで、“キツいね”とつぶやいていました」(協会関係者)
協会の監察委員としての仕事はその日が最後となった。帰京して入院。わずか半月で帰らぬ人となった。
昨年6月に膵臓がんの手術を受け、表向きは“早期発見で命に別状はない”と説明されていたが、周囲の心配は絶えなかった。
名古屋場所の初日を2日後に控えた7月8日、記者は九重部屋宿舎(徳源寺・修古館)の朝稽古を訪れた。稽古場の奥のあがり座敷の椅子に腕組みして座る親方に、“ウルフ”と呼ばれた現役時代の面影は見えなかった。痩せた体は、心なしか以前より一回り小さく見えた。
「何やってんだ!」
「もっと頭から当たれよ」
そう力士を叱り飛ばしながらも、傍らに置いた湯飲みを何度も口に運び、30分に1回ほど、錠剤のようなものを飲む。Tシャツの腹と背中には大きな使い捨てカイロが貼られ、病状の深刻さを想起させた。
親交があった元サッカー日本代表の釜本邦茂氏は、「5月場所の後に部屋を訪ねた時は、“よくなっています。少し痩せて健康的でいいよ”と明るく答えていたんですけどね……」と残念そうに語った。
本誌は1980年代以降の「角界浄化キャンペーン」で、何度も千代の富士の八百長問題を報じてきた。まさに因縁の相手だが、現役引退後の親方としてのその手腕を評価する声は少なくない。
「昭和の大横綱と呼ばれた大鵬、北の湖、千代の富士のうち、弟子の育成に成功したのは九重親方だけ。外国人力士や学生相撲出身を取らずに中卒や高卒の弟子を一から育て、元大関・千代大海をはじめ多くの関取を誕生させた。所用で稽古を見られない時は戻ってからビデオでチェック。弟子の一人ひとりと連絡ノートを交わし、必ず一言書いてアドバイスしていた」(相撲担当記者)
※週刊ポスト2016年8月19・26日号